愛しい

19/35
前へ
/268ページ
次へ
「とりあえずシャワー浴びてきてください。ごはん、作っておくんで」 「うん」 「バスタオルとか、着替え、置いときますね。今日もう、どこも出ないでしょ?」 「出かけなくていいの?」 「だって、労わる日ですし。オレは後でちょっと買い物は行ってきますけど、すぐ帰ってきます」  そう言うと、陽斗さんは柔らかく微笑みながら、オレを見上げた。 「買い物くらい行けるけど」 「今日は良いですよ。のんびりしてください」 「うん……まあ……分かった」  陽斗さんはクスクス笑って頷くと、なんだかとってものんびりで歩いていって、ドアのところで振り返る。 「三上ー」 「はい?」  いってくるね、と言いながら、バイバイ、と手をヒラヒラさせて、ニコニコ笑顔のまま、視界から消えていった。 「――――……」  脱力。  そのまま、しゃがんで、はー、とため息。 「…………」  何それ。すっげえ、可愛いんですけど。  ……あの人、会社に居る人と、同じ人だよな……?  会社で陽斗さんが、他の奴に今のをやったら、全員固まるだろうなあ。……可愛すぎて。  一回やってみてほしい。……でも、あれやって、ライバルが増えたら困るから、やらせたくないけど。  ……うろたえるのがオレだけじゃないって、証明したい……。 「……はー……」  なんだかな。……確かオレ、昔からずっと、クールとかカッコいいとか。言われてなかったっけ。  出来たら陽斗さんにも、カッコいいと、思われていたいんだけど。  つかなんでこんなとこで、しゃがみこんでんの。……カッコ悪……。  はーー。何なの、あれ。  ちょっと意味不明にムカつくくらい。……可愛すぎ。困る。   ぐっと膝に力を入れて、立ち上がる。  バスタオルと、オレの服でも少し小さめな服を持って、脱衣所に向かう。 「ここ置いときますね」  少し大きな声で呼びかけたら、シャワーが止まった。 「あ、三上ー」 「はい?」  バスルームから声がするので、出ようとしていた足を止めて、陽斗さんの言葉を待っていると。 「もうご飯作り始めてる?」 「いや。まだですけど。すぐ出来ますよ、パンなので、卵とかベーコン焼くだけで」 「湯舟につかりたいんだけど、いい?」 「あ、いいですよ。そしたら陽斗さんが出てからやるので、ゆっくりしてきてください」  そう言うと、んー、と答える陽斗さん。一度止めたシャワーをまた出した音がする。疲れさせたから、ゆっくり入りたいのも分かる気がして、オレもゆっくり待つことにした。   五分位経った時。バスルームから、呼び出しの音楽が流れたので、様子を見に向かう。 「陽斗さん、呼んだ?」 「うん。呼んだー」 「――――……」  少し待つけど何も言わない。洗い場に影が見えないので、もう湯舟に居るんだなと思いながら、バスルームのドアを開けて、覗いた。  もうすっかり湯船につかってて、覗いたオレを見上げてくる。 「どうしました?」 「ん、あの……」 「……?」  なんだかとっても言い淀んでる感じがして、オレは首を傾げた。 「……あのさ」 「ん?」 「一緒に入るっていうのは……?」 「え」 「も一回脱いで入るの面倒だったら、いいんだけど……」  言いながら、なんだか、どんどんお湯に沈んでいってしまいそうな感じ。  オレが突然の誘いにびっくりしつつ「すぐ入るんで待っててください」と言うと。ふ、と照れた感じで嬉しそうに笑う。 「急がなくていいよー」 「急ぎます」  言うと、陽斗さんはクスクス笑って、ん、と頷く。  なんでそんなに、可愛いかな。  ん? ……襲っていい? …………それは、だめかな。    とか、そこまで考えて、ふと固まる。  ……なんかオレ、ほんと、そういうこと覚えたての高校生とかみてーだな……。  ちょっとは余裕を見せたいので、すぐ手を出すとかはやめようと、密かに誓う。 (2023/3/18)
/268ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4286人が本棚に入れています
本棚に追加