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「ほら、あと五分だよ」
「大丈夫。準備できてるから」
「今日こそ成功させるんだからね」
机に置いたスマートフォンから聞き慣れた彼女の声が聞こえる。壁に掛けられた時計を確認すれば、時刻は午後11時25分。
「私はベッドに入ったよ」
「僕ももう入るよ」
「エアコンの設定温度は?」
「冷房26度」
「うむ、よろしい」
満足げに笑う声が聞こえる。今の彼女はどんな表情をしてるんだろう。
「あ、そろそろだね」
彼女の言葉を聞いて僕は部屋の灯りを消す。突如生まれた暗闇に抗うように、彼女の名前が表示されたスマートフォンがぼんやりと辺りを照らしている。
僕はその光を持ち上げて電源ボタンに指を添えた。
「今日も私は瞬くんのことが好きです」
「今日も僕は彩さんのことが好きです」
電話口から、ふふ、と小さく笑い声が聞こえた。僕も少しだけ笑みを零す。毎晩繰り返すこのセリフをいつになったら僕は照れずに言えるようになるんだろう。
「じゃあ寝よっか」
「そうだね」
画面の時計が11時30分を示す。僕たちは『また明日』を言わない。明日になっても希望はない。
――だから、今夜こそ。
この言葉が僕たちにとっての再会の挨拶になりますように。
「「おやすみ」」
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