* 夕映 *

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 夕映さんは間もなくメジャーデビューが決まっている。  地元ではかなり名も知られてきた海辺の歌姫。 「佐倉さんって、夕映さんのファンだったんだね」  唐突に教室で話しかけてきたのは、同じクラスの相川君だ。 「え、どうして」 「金曜日、ライブで見かけたよ。どの曲がすき?」  ほとんど初めて話すのに、すきな人が同じという理由だけで、どうしてこうも親し気にできるんだろう。 「別にどれがといういう訳では」  会話を早く打ち切りたくて、適当な返事をした。 「一人で来ているみたいに見えたんだけど。よかったら次は一緒に」 「一人じゃないよ。スタッフに知り合いがいるんだ」  近づかないで。あの時間は私のもの。みんなで分かち合うためじゃないんだ。 「えー、そうなんだ。いいなぁ、紹介してよ」  はぁ。まとわりつかれる不快さにもう耐えられない。 「私行かなくちゃ」  無理矢理立ち上がってその場を逃げた。  ふと思う。この人、私が奏多といたとこを本当は見てたんじゃないかしら。 「ねぇ、これって佐倉さんだよね」  クラスの女子たちが、私の周りに群がって一冊のファッション雑誌を広げた。 「ああ、うん」  わぁーって歓声が上がって、ものすごい注目を浴びる。先月スタジオで撮ったポートレートだ。 「すごい、本郷奏多に撮ってもらうとか、あり得なくない?」 「この誘いかける目線とか大人っぽーい」 「彼の前でこんなポーズできるとか、佐倉さんっておとなしいかと思ったら大胆なんだね」  奏多が若者に人気のカメラマンだということは知っていたけど、彼に撮ってもらったモデルというだけで、私への見方が180度変わるのは不思議だ。 「真っ黒でサラサラした髪、艶々してきれいだもんね」  気安く触らないでほしい。私はあなたたちにはならないのだから。  私は共有という言葉が嫌いだ。何がシェアだ。ふざけるな。そんなもの、この世には存在しない。  先に手を挙げるか、後から奪うか。なかよしごっこなど、ただの見せかけだ。  平和な振りして大勢の中に紛れ込んだ自分を想像する。イヤだ。今更そんなものはいらない。  彼女たちが私に近付いてくるのは、あわよくば奏多に会わせてほしいと思っているからでしょう?  透けてみえる欲望。突然の羨望。未知なるものへの嫉妬。  相変わらず喋らずにいる私は、相当感じが悪いはずなのに、彼女たちの勝手な妄想は止まらない。  欲しいなら、それなりのことをしなくては。私は取り巻きの中の一人で満足はしない。欲しいものは、自ら手に入れる。
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