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夕映さんは、歌う詩人だ。
どの歌も優しく、弱き者を孤独から拾い上げる。心に隠しているものを掴まれてしまう。
開いた心の奥の棘を抜いてもらって、ほっとして軽くなっていく。
でも、近くに居られるようになって、私にはわかってきたことがあるんだ。
誰かを楽にしたその分、夕映さんには無数の針が刺さっていくのが見える。
待ち針を無造作に差し込んだ針山のようだ。クッションには血は流れないけれど深い刺し傷ができる。
針は玻璃に変化する。錆びないように凍結したガラスの欠片。
だんだんライブの後の回復が遅くなっている。笑顔になれるまでの日数が少しずつ長くなる。誰も救えないくらいにあなたの内情は重傷。どんな経緯を経てここまで来たの。痛々しいよ。
彼女の歌の中で飛び切りすきな曲『海のdoll』
人魚姫のように最後には消えゆく女の子の物語。いちばん夕映さんに似ている気がして、せつなくなる。
でも、その人魚姫は王子様から身を引くのではなく、謙虚でも可哀そうでもなく、世界中に烙印を残し続けることを計算して、心を燃やし続けた人形。
泡になっていくのは、何も譲らない、欲望に身を任せた当然の結果。受け身では決してなかったんだ。
私は、こんな風になりたい、なりたく、なりたくない。
でも、それは本人が願うかどうかで決まる訳ではない。
気が付けば引き付けられて網の中だ。もう止められはしない。
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