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ある日、彼と天婦羅を食べたことがある。海岸沿いのお蕎麦屋さん。
奏多は一瞬の躊躇もなく海老天の衣をはいで、海老を取り出した。
まずその丸裸になった海老をむしゃむしゃと齧り、それから徐に衣も天つゆにつけて、何も変わったことなどなかったように素早く食べてしまった。
外で天婦羅なんて食べたのが初めてだったから、それが正式な作法なのかもしれないと周りを見渡したけど、誰も衣をはいだりはしていなかった。
お皿の上に取り残された時、衣は所在なく見えた。
まるで海老天が脱ぎ捨てたカリカリのスーツみたいで、滑稽でもあった。
私は、時々その海老になった気分になる。
元は半透明だった生きた身体。高温の油で揚げられ、色鮮やかな朱の艶姿にされ、ぷりぷりの状態に持っていかれる。
そして、余すとこなく、がぶりとやられる。
私はいつしかそんな風に世界から消えるのかもしれない。
海の匂いの中で、自身も潮を吹く。
あの成分は何なんだ。感じた身体の液体の正体は。
私は奏多が入ってくる瞬間を待ってる。胸がどきんとするんだ。
海のくじらが迎えに来たように、私はあの人のお腹に打ち上げられて、胸を掴まれ、何度も揺さぶられる。身をよじって、悲鳴を上げる。
奏多は私よりも、私の髪に愛着がある。
背中まである黒髪を愛おしそうに撫でる。
肌もすきだ。私の動く心臓よりも、表皮の方に吸い付く。
いいんだ。私の本質に興味を持って、だなんて言えない。
私はよく知っている。私は空っぽなんだ。だから、このままが似合う。
「夕映さんは知ってるの?」
「知る訳ないだろ」
「知られたら、どうなるのかな」
「夕映には俺が必要だから」
私には?と聞かずに、首に手を回す。
なぜ私はこの人に抱かれるのだろう。
執拗に迫って来るくちびるに、胸が熱くなる。言葉はいらない。
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