* 奏多 *

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 海の上の歩道をふらふらと歩く帰り道。  今は波が穏やかだ。どんな日もこの道を通る。  バス停の手前で山道を登って戻っていく。潮のべたべたした匂いを身体中にまとわせて、ただ黙々と。  そしてまた次の日、高い場所から降りてくる。海を望む坂道を行ったり来たりを繰り返す日々。  息をはずませ、自分を手繰り寄せる。  学校が海の近くであることは、私には必要なことだった。  授業中でも波の音が鼓動のように聴こえてくれば、なんとか息をつける。  窓を開ければいつだって潮風が肌を包み込む。荒れ狂う日さえ素晴らしい。  海沿いの駅で降り、海沿いの学校に通い、海沿いのコンビニで働き、海沿いのライブハウスで酔いしれる。海、うみ、それが今の私の全てなんだ。  奏多の背中に張り付いたシャツがすきだ。汗の匂いは海の香り。  そっと耳を当てて、しっとりした布の感触を確かめる。耳が冷えて心地よい。  彼が今、仮初に住んでいる家からは、すぐ海に出られる。私の海の家。  海を眺めながら、波の音を聞きながら、潮の風に煽られながら。  嗅ぎ分けようとするけれど、私はだんだんと、何処からが奏多で、何処からが海なのか、わからなくなる。  彼はまるで両生類。海でも陸でも自在に呼吸ができる。  私が何処にいても、彼は動物の勘で探り出してくれるような錯覚を起こす。  鏡の前で自分を曝け出してみる。  形のいい胸。自分の身体の中でここがいちばんすき。  つんとして、私の手に少し余るくらいの程よい大きさ。このくらいが好みだ。  触った感触もとてもいい。持ち上げてから手のひらに落とした重さが桃くらいで、両手で掴んでみると、やわらかい。女であることの充実。  月に数日、硬くて張ってしまう日があるけれど、中から熟し過ぎてはじけてしまうかのようで、その張りがまた生きた証となる。  勝手に月日が経ったことを数え上げる。私はどのくらいこうして生きていくのだろう。  この先は果てしなく遠いのか、それともあっけない程に近いのか。わからないことを考えてみるのは嫌いじゃない。  奏多が私の胸を探りに来る。後ろから、前から、手で、唇で、指先で、何度も、何度も。だから、この胸はあなたのものだ。  心は置き去りにされても、私はその行為によって生かされている。
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