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うっかり朝まで奏多の家で眠ってしまった。とうとう帰り損ねた。
もうどうせ言い訳はできないから家には連絡しない。気づかない可能性だってあるから。
キッチンからいい匂いがしてきた。
脱ぎ捨てられた奏多のシャツを羽織って行くと、彼は麺を茹でていた。
「おはよう」
「何を作っているの」
「たらこスパゲティ」
大きな皿の上に、たらこの中身とバターの欠片が乗っている。
その上に茹で立てのスパゲティがトングで盛られた。湯気がもわっと上がって、たらこのピンク色が鮮やかになる。
それをさっと混ぜてから、奏多は魔法のようにちぎった大葉を散らす。ピンクと緑のきれいな配色。
「イカがあるとうまいけど、今日はシンプルに」
「初めて男の人に料理を作ってもらった」と言うと、奏多は「料理って程のものじゃないけどな」と笑った。
「底の方にたらこが固まってるから、よく混ぜろよ」
フォークでかき混ぜてる私の横で、奏多がスプーンも使っていたから、その真似をする。
まずはスプーンとフォークでスパゲティをぐっと引き寄せて、それからスプーンの上でフォークに巻きつけるのか。
器用だね!って言ったら、片頬で苦笑いしている。私は世間を知らないらしい。
たらこの塩味と大葉の香りが合わさって、喉に入って来る瞬間がたまらない。コンビニのより具は少ないのに、断然こっちがいい。
人が作ってくれるごはんって、こんなにおいしいんだ。知らなかった。
私は、その後黙ってその一皿を堪能した。
お行儀悪いけど、お皿も舐めてしまうくらいに、泣き出したい程ずっとすがりついていた。
私があまりに「おいしい、おいしい」って一口ごとに連呼するものだから、奏多は呆れながら、満更でもない様子だった。
この日以来、奏多は時々、私にごはんを作ってくれるようになった。
パンケーキとかイングリッシュブレックファーストとか、お洒落なものも登場する。
時にはおやつにドーナツを揚げてくれたりまで。世の中のお母さんというのは、みんなこうなんだろうか。
私はコンビニからファミレスにバイトを変えた。海沿いのファミレス。
「もっと食を見てみたくなったの」って告げたら、彼はきょとんとした顔をして、「ファミレスだとあっためるだけじゃねーの?」と笑った。
でも、私にはこのくらいの段階を踏むのがいい気がするの。急にレベル上げると転げ落ちるでしょ。免疫がないんだから。
奏多の隣で、手先を見ているのが一番楽しい。
少しずつ手伝うようになって、レタスを洗ったのが新鮮だった。ちぎると、音が感触として伝わってくる。パリッ、シャリッと響く。
たべるって生きることなんだ。抱き合うくらい、実感を伴うこと。
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