1/1
前へ
/6ページ
次へ

マンホールってお皿に似てません? おいしいお肉をのせた皿。 女の子を連れてくるのは大変でしたよ。よその人やホームレスと違って学生はすぐ足が付く。 失踪した子たちの親は私んちみたいに放任主義じゃないから、一日帰ってこなかっただけですぐ通報する。過保護ですよね、もっとどっかり構えてほしい。 でも、なんとかしました。クラスで孤立してる子に声をかけました。一緒に遊ぼって言ったら嬉しそうにしてた。夜、塾帰りの彼女と高架下で待ち合わせました。家の事で相談したいって暗い顔で切り出したら、まんまと食い付いてくれました。 あそこは夜になると人けがないから、聞かれたくない話をするには絶好のロケーションでした。 私に同情して付いてきてくれた子。お腹の底では私の事、可哀想だって思ってたんでしょうね。見下してたんでしょうね。どうしたの、なんでも言って、必要ならうちの親にも相談するから……演技とか別にいりませんでしたよ、あの夜もお母さんにぶたれて顔が腫れてたから。 マンホールを背にした彼女と間合いを詰め、その足が蓋を踏む瞬間を心待ちにしました。 スニーカーの片方がかかった瞬間、怪物が現れました。 誤算だったのは彼女の反応の素早さです、足首を掴まれると同時に防犯ブザーのピンを引き抜いたんです。 最悪でした。私は全体重をかけ彼女の手を踏みにじり、卵型のブザーを蹴飛ばしました。これから食べられる恐怖と裏切られたショックに凍り付いた顔で、彼女はマンホールの闇に消えていきました。防犯ブザーをアスファルトの地面で叩き壊した後は帰りました。 次の日は夕立でした。ザーザー、ザーザー、雨が降っていました。担任の先生は行方不明になった同級生の情報を募っていました。私は上手くやったのでばれないはずです。怪物も満ち足りました。やっぱり女の子のお肉は柔くておいしいんだな、と感心しました。味を想像して、口の中に唾液が湧き返りました。 ただいまも言わず玄関の引き戸を開けると、居間のテレビが点けっぱなしでした。お母さんの姿は見当たりません、トイレでしょうか。階段を上って部屋に行くと、ドアの向こうから物音がしました。 鞄を投げ出してドアをこじ開ければ、お母さんが勝手にクローゼットを開け、お菓子の缶を持っていました。 「これは何よ」 家を出ていくために貯めたお金でした。 怪物のごはんにしたおじさんたちからとったお札の束でした。 窓の外では夕立が激しくなり、一向に止む気配がありません。問い詰められてもだんまりを決め込めば、案の定お母さんはキレ散らかし、娘を口汚く罵り始めました。私のお肉はおいしいから高く売れただけなのに、何を怒るのでしょうか。 「汚い体で稼いだ汚い金は没収するから!」 いけません。だめでした。激しい揉み合いの末、輪ゴムで束ねた紙幣を力ずくでひったくり、裸足で家から飛び出しました。どしゃ降りが全身を叩きました、恐ろしい形相のお母さんが追ってきます。片手には包丁を振り上げていました。お誂え向きです。 家の前にはマンホールがありました。私の怪物はそこにいます。顔を叩く雨が気持ちよくて、狂ったように笑いました。 「ごはんの時間だよ!」 マンホールが勢い良く弾け飛び、怪物が這い上がってきました。お母さんは放心状態からただちに回復し、ヒステリックな奇声を上げて鋭利な包丁を振り回しました。 助けて、って懇願されました。だけど私は怪物の飼育係なので、この子にお肉をあげなければいけません。地面を這いずった怪物がお母さんの足首を掴み、引き倒し、雨の中をずるずる引きずっていきました。私はお母さんの手首を踏んで固定し、包丁を奪い取りました。 「食べやすくしてあげる」 お肉はブツ切りにしました。 怪物は喜んでいました。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加