伴奏

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伴奏

凸筒君と初めて話した翌日、朝、大学に着いたとき、私は返すために持ってきた凸筒君の傘を電車に置き忘れたことに気づいた。やっちゃった。 語学の授業のある午後、彼に謝って弁償しないと、と考えていると思いがけずお昼に学食で食事をしている彼の姿を見つけた。 年配の女の先生と食べながら話をしている。多分彼の主専攻のフルートの先生だ。私は話しかけるタイミングを計って、彼に見えない死角でサンドイッチを食べながら待っていたけど、話の内容がちょっと聞こえちゃった。 「見つかんない?伴奏の子」 「ええ。あの、次の試験は独奏でやらせてください」 「ううん。声、かけてみたの、誰か?」 「はい。二人、ピアノ科の同級生に」 「断られたんだ」 「はい。僕、人にものを頼むのが得意じゃなくて」 「しょうがないといえばしょうがないけど。そこも演奏家の力の内なのよ」 「はい。わかってます」 「しょうがないか。じゃ、今回は独奏曲からなにか、ね。次はちゃんとやってもらってね、伴奏」 伴奏はピアノ科の学生にとって必須の技術だけど、こうして同級生を伴奏で手伝うのは良しあし二つの面がある。 本科のピアノの練習で忙しい学生にとって、譜面が一つ増え、なおかつ頻繁に相手と一緒に時間を合わせてレッスン室に入らないとならない伴奏は、考えようによっては労が多いばかりのボランティアだ。 でも、こういう伴奏の機会は、別の楽器の演奏者とアンサンブルを自分たちだけで構築していける得難い体験であるとも言える。数少ない実践の場ともなる。 先生と凸筒君二人の会話が聞こえてしまった私は、控えめに声をかけた。 「あの。私、誰の伴奏も受け持ってません。空いてますけど。1年、ピアノ科の恩知です」 同情だなんて思ってもらいたくはなかった。 私の体は人の伴奏一つ引き受けるぐらいなら空いていたし、私を助けてくれた人が困っているのをみすみす知らん顔できるほどの根性はなかった。 同級生の伴奏だって、やったことがなかったから、やってみたかった。 だけど、それより私はその時、先生の前で下を向いてしまっていた凸筒君の姿に何かを感じてしまったようだったのだ。 こうしてその日から、私たちはフルートとピアノのアンサンブルを丁寧に作り上げた。 そして、私たちが始まった。
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