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「夕立にあうと二人は恋人になれる」 「え?」 私たちは、相変わらず児童公園のトイレの前で夕立が止むのを待っていた。 「なんてね。凸筒君。風が吹けば桶屋が儲かる、知ってる?」 「知ってる。あ。いや、よくは知らない」 「どうして風が吹くと桶屋が儲かるんでしょうか?」 「うんと。晴れた日に風呂桶を干してたら、風が吹いて飛んで行ってタガが外れて壊れた。それで新しい桶を買わないとならない。だから」 「ぶぶう」 「なんで?」 「出典は東海道中膝栗毛。笑い話」 「うん」 「風が吹くでしょ。そうすると砂埃が舞う。その砂埃が目に入って失明する人が沢山でる」 「砂埃で失明?何か入ってたんだろうか?有害物質」 「さあ。エドニウムとか?」 「エドニウム!」 「江戸の話だからね」 「ああ、そっか」 「ああ、そっかではない。納得しないで」 「ははは。しかしね、笑い話のために沢山の人を失明させるんだよねえ」 「人倫としてはどうかと思うけどね。続きを聞いて」 「うん」 「目の見えなくなった人たちは三味線弾きになるため、三味線を買った」 「ストップ。そこ。疑問点沢山」 「言いたいことは分かる。続けさせて」 「はい」 「そんで三味線がバカ売れ。三味線の需要が爆発的に増えた。製造業者は三味線を作るべく巷の猫を乱獲した」 「ああ。皮にするんだ。江戸だもんね。今じゃできない」 「事件になるね。黙ってはいない人たちが沢山」 「ま、江戸ってことで。その後話してください」 「はい」 「巷の猫が減った。そんで、猫が減ると鼠が増える」 「反比例」 「うん。ここちょっと話の気持ちいいところ」 「はい。それで?」 「鼠が増えて、桶をかじった」 「うん」 「桶が壊れた」 「おお」 「桶を新調しないと」 「はい」 「で、桶屋が儲かる」 「うう」 「どうしたの?」 「鼠が増えて初めにかじるものは桶なんかより食料で、まず米蔵なんかがやられるんじゃないかなと。そっちの方が多分、深刻」 「ああ」 「風が吹くと食糧難になる」 「ああ」 「もし木をかじるんだとしても、他のもの、例えば、家とか、下駄とか、椀とか、御櫃とか、箪笥とか、そういうものも全部やられる。桶だけじゃない」 「うん。たしかに」 「風が吹くと木製品を製造する職人たちが儲かる」 「凸筒君。意外と理屈っぽい」 「ごめん」 「でも、ほんと。なんで、桶屋なんだろうね」
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