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ラーメン
「ごめんね。恩知さん」
「あ。こういう時、謝っちゃ駄目。凸筒君」
「僕はあの店、おいしそうに見えた」
「私がおいしいラーメンを食べたいって言ったから、誘ってくれたんだよね」
「でもさ」
「私は面白かったよ。面白かったのは確か。検証しよう、二人で。夕立、まだ止みそうもないし」
私たちは突然の夕立に飛び込んだ児童公園のトイレの前で雨宿りをしている。
早めの夕飯を一緒に食べ、ラーメン屋さんを出た途端、私たちは降り始めた夕立にずっぷり濡れてしまったのだ。
凸筒君と私は、私立音楽大学の2年生で、語学クラスの同級生。
凸筒君は、フルート専攻。
私は、ピアノ専攻。
今日はお互いの授業が終わった後待ち合わせて、少し歩いて国道沿いに新しくできたラーメン屋さんにご飯を食べに行ったのだけど。
「安すぎる。チャーシュー麺定食600円って」
「うん。だよねえ。しかも、結構豪華だったよね、一見。ラーメンに、ご飯、餃子6個、春巻き2個、から揚げ3個、お漬物。デザートに小さなゼリー」
「600円の内容じゃない。恩知さん、驚いてたね」
「あはは。私普段そんなに食べないからねえ」
私たちは大きなお盆に乗って出てきた沢山のお皿に驚いた。でも。
「凸筒君。あのラーメンは、ないよね」
「うん。スープに味がなかった」
「出汁が」
「いやあ。出汁だけじゃないよ。タレもけちってる。全体的に薄い」
「しかもね」
「そう。しかもぬるかったね。今時スープがぬるいラーメンって」
食べながら私たちは、出された意外なラーメンに目を見合わせていたのだ。
「恩知さん、チャーシューは?どうだった?」
「初めはおいしそうに見えたんだ。でも、初めて食べたね。あんなチャーシュー」
「味がない」
「ただの茹でた豚肉だったよ」
「恩知さんは餃子のタレつけて食べてたね」
「ははは。ねえ。凸筒君、楽しくなってきたでしょ。謝っちゃ駄目だよ。こういう時は楽しむ。こんなラーメン、滅多に体験できないんだから」
「うん。そうだね。そうだ」
こういう素直なところが凸筒君のいいところ。
「春巻きとから揚げは冷凍食品。チンしたやつだね。私もたまに食べるよ、家で」
「あれは、一応ちゃんと食べられた」
「そうだね。でも、極めつけが餃子。私は凸筒君に言われたから食べてない」
「うん。具がどろどろで変な匂いがした。冷凍食品じゃないみたいだけど、一体いつ下ごしらえしたものなんだ?」
「お腹平気?」
「僕も一口しか食べてないから多分大丈夫」
「ちょっと心配」
「はは。でもさ、いろんなところが変だった。料理だけじゃない」
「うん。新しく始めた店なのに、醤油さしから醤油が出てこない。詰まってる」
「箸立ての箸が割り箸じゃないのはエコでいいけど、箸の種類がばらばら」
「もう。アメージング」
「アメージング。そして、お勘定。内税外税どこにも書かれてないのに、乗っけてきたね、10パーセント」
「ははは。ま。もともと安いからいいっちゃいいんだけど」
「でも、気分が少しね」
「だね。そして、最後が、夕立」
「降られた。でも、これはお店のせいじゃない」
「あの日も、夕立だった。覚えてる?」
「勿論」
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