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「じゃあ次で最後ね」
「え、帰ってくれるの?」
「結果次第かな」
ここで初めてたぶん村越さんはキャラを変えてきた。そのキャラは弱いことで有名だ。まず蘇生力がなく、攻撃も弱い。リーチも短く、軽いためすぐに吹っ飛ばされる、いわゆるネタキャラだった。
たぶん村越さんは初めハンデのために自ら残機を減らしていく。その動きがなんだか異様に思えてきた。対等な条件にするために、強者は弱者に合わせなければならない。弱者の置かれている状況を強者にも強要し、たとえ自分が損をしてでも相手に得をさせない。そんな風潮が、僕は嫌いだ。それでも。
「ほんと弱いね」
「……うっせ」
それらを簡単に跳ねのけて絶対的なまでに強者でいるやつもいるのだ。
「……もういいかな」
「は? 何が」
「クソ猿は私の秘密をバラさないってことがわかった」
「意味わかんねぇ」
「ほら、よくあるじゃない。戦って相手を理解する、みたいな少年漫画の展開」
「これゲームなんだけど」
「それにクソ猿に頼む私を想像したら……ぅえ、吐きそう」
「あ、ごめーん。うちにはトイレないんだ。だからはやく帰ってくれない?」
「大丈夫よ。ここはトイレみたいなもんだから」
「人の部屋をトイレ呼ばわりするんじゃねぇ」
人差し指と中指で鼻をつまむな。確かに掃除はあまりしないけど、そんなに汚くも臭くもないはずだ。まぁ古いゲームにほこりがかかっているくらいだ。自分の家だからか、匂いがいまいちわからないが、そこまで臭いと言える匂いではないはずだ。
「クソ猿には、ただ私の秘密を握っていると理解してくれていればいいかな」
「いや、意味わかんねぇから」
「そろそろ帰るわね」
そう言うとたぶん村越さんは立ち上がり、僕の部屋を出ていった。
「待て、ちゃんと説明しろ」
「じゃあまた明日来るね」
「来んな! 今説明して帰れ」
「嫌だ、だって早く帰らなきゃいけないからね」
「なんで?」
「だって帰ってくるでしょ、あなたのお母さん。私苦手なの、ああいうタイプ」
「じゃあ一生来るな、それに制服!」
「明日学校で渡してくれればいいよ」
「嫌だよ。生乾きのまま持って帰れ」
「傘借りていくね」
「おい話聞け」
「じゃあまた明日ね」
裸足のまま家の少し先まで追いかけたがたぶん村越さんは走っていた。肩に打ち付ける雨が積み重なって重りとなるかのようにどっと疲れが襲ってくる。
夢であってほしい。実はまだ病院のベッドの上なのではないのか。それでもこの憂鬱さな気持ちで覚めないのなら間違いなく現実だ。
思い返せば滑り台の件や逃走劇の件といい不自然なことが多い。たぶん村越さんが何を考えているのか、何をどうしたいのかわからない。たぶん村越さんの本当の名前も知らない。
しかし、僕はこれから起こるであろう事象は知っていると思う。友人の秘密を知ってしまったことから始まる悲劇、これから起こるであろうイベントを消化していきながら学校生活を過ごす、現実世界ではありえないだろうその事象を。
みんなはそれをたぶん、青春と呼んでいるのだ。
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