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珍事
帰り道。自転車に乗れない僕は30分かけて歩いて帰らなければならなかった。自転車組が悠々と僕の横を通り過ぎて行き、まるで僕の足との差を見せつけられているような感じがした。そいつらに向けて心の中のてるてる坊主を逆さまにしてやった。
すると本当に雨が降り出した。
割と雨足は強く、すぐびしょ濡れになった。近くの公園にある屋根付きの小屋みたいなところに駆け込んだ。教科書は濡れて角がふにゃふにゃだ。乾かしたら波打って使いづらい。無駄に形状を記憶して僕が開くのを抵抗してくるのがまた腹立つ。
大粒が屋根を打ちつけており、時折、雷も鳴っている。ふわっと土が濡れた匂いがした。息つく暇もないほど雨に突撃される屋根が不憫でならない。僕なんかを庇い、痛みに耐えているように思えてきてなんだか申し訳ない気持ちになる僕は本当は心優しいのだ。
雨は一向にやむ気配がなく、このままいても最後はずぶぬれになって帰るはめになりそうだ。そう考えて鞄を持ち上げ、頭を隠しながら帰路に目を向けると、ぎょっとした。
馬鹿みたいに陽気なステップを踏みながら、手を広げてたぶん村越がやってくる。くるくると回り、跳ねる髪もなくべちゃべちゃと水滴をまき散らしている。屋根に打ちつける雨音よりも大きな声で何かを発しながら学校でも見たことのない笑顔でどんどんと近づいていくる。
が、途中で方向転換をし滑り台の方へ向かっていった。滑り台の側面を前にしゃがみこんだたぶん村越さんは右肩にかけていた鞄から何かを取り出していた。僕は携帯のカメラ機能を使い、たぶん村越さんを拡大した。初めは背中で見えなかったが、横に移動したため何が起こっているかがわかった。
『気安くあーちゃんと呼ぶなクソビッチ』
闇、まじ闇。美人は性格が悪いという言葉は妬みから生まれたらしい。しかし、こうも現実を目の当たりにしてしまうと実際はそうなのだと思ってしまう。
『あげぱんなんてクソいらねーんだよお前が食えクソデブ』
『クソ先公授業クソつまんなすぎまじで時間の無駄』
『あーポテチ食いたいコーラ飲みたい学校休みたい』
最後のは同感。たぶん村越さんは手で滑り台の表面に書いた悪口を拭い去る。何回か文字を往復しているうちに綺麗に消えていっていた。
そして、ふと振り返ったたぶん村越さんと目が合ってしまった。張りついた前髪が右目に覆いかぶさっている。若干透けたワイシャツをいいわけに目をそらせるほど今の状況は優しくない。
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