【短編】帝都初恋復讐譚~令嬢は侯爵の漆黒の瞳に囚われる

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「すまない。それは出来ないんだ。やることがあるから」 「何をなさるおつもりですか?」  彼は目当ての階段が見えてから口を開いた。 「珠緒──俺の手は汚れている。君に触れるべきではなかったのに、踏み越えてしまった。だから罪滅ぼしをさせて欲しい」  涙が溢れて仕方なかった。  薄々は、気付いていたのだ。  彼が幸多い人生を送っていたのであれば、桐羽侯爵きりうこうしゃくとして生きているわけがないのだと。  そして、その業を背負わせたのが、森崎家だなんて。 「必ず君の元へ戻る。だから今は、家へ帰れ」  そう言って、彼は壁際に設置された扉付きの鉄の小箱にぐっと手を差し込んだ。  途端──、けたたましいベルの音が鳴り響く。 思わず耳を塞ぐと、泡を食った半裸の宿泊客が次々と廊下へ出て、こちらへ殺到した。 「──!!」  体を押され、流れに飲まれた。彼と引き離されてしまう。  思わず手を伸ばしたが彼は振り向かず、壁際に背中を寄せ来た道を戻ってゆく。  ベルと怒号と悲鳴が満ちて、声が届かない。  名前を知らないから、呼べない。 珠緒は階上へ押し上げられながら、ただ泣くことしか出来なかった。
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