70人が本棚に入れています
本棚に追加
「あちらはかつては朝廷に仕えた、まっこと由緒正しき御家柄。伝統を重んじる家というのは、新しい風潮を好まないと考えるべきです」
『あちら』のことを考えて、珠緒はとてつもなく憂鬱な気分になった。
婚約者の桐羽顕久侯爵と会ったのはこれまでに一度、幼かった時分だ。
しかしその記憶は、鮮烈に脳裏に焼き付いている。
なぜなら彼は大人達に隠れて珠緒を押し倒し、体を触ろうとしたのだから。
その時眼前に迫った顕久の顔──小さなつり目や乱杭歯は、忘れたくとも忘れることが出来なかった。
泣き叫びたい心の内とは裏腹に、鏡の中の自分は落ち着き払って座っていた。
誰あろう自分が、どうにもならないことだと思っている。
「さぁ、お支度が整いましたよ」
多喜が選んだ着物はやや派手さが過すぎるように感じていたのだが、牡丹の刺繍の黒い帯で締めると、逆に全体としては上品で洗練された仕上がりになっていた。
髪は前髪を残してまとめられ、珠緒の栗色が混じる細い髪に合う、濃い桃色のリボンで結ばれている。
最初のコメントを投稿しよう!