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私は思い切って、憧れの彼に告白した。
風に靡く、彼の茶髪。遠くを見つめる、彼の横顔。
校舎の屋上に呼び出してみたけど、彼は景色をただただ眺めるだけだった。
屋上から見える、壮大な景色に、浸るだけだった。
校庭には、自転車を押す生徒に、部活に励む生徒。
どれもこれも小さく見えた。
彼にとって私はそんな風にちっぽけな存在なのだろうか。
雲が、ゆっくりと流れてゆく。
太陽の光も、いつしか山に隠れようとしていた。
私は彼の方に向き直り、目を見つめた。恥ずかしくてたまらなかった。
でも、彼は遠くを見つめるだけだった。
青かった空に、オレンジ色の光が重なる。夕焼け。
「ごめんな、お前とは無理」
風に靡く、彼の茶髪。遠くを見つめる、彼の横顔。
校舎の屋上に呼び出してみたけど、彼は景色をただただ眺めるだけだった。
終始、眺め続けていた。
私より大切なものが、そこにはあるのかもしれない。
「屋上に来ると、思い出すんだ。柊木のことを」
元カノ…彼に、元カノがいたなんて。
「柊木と交わしたことが1つある。破れない、約束」
彼は、フっと息を吐いた。
「柊木が言ったんだ。『私、もうこの先長くないの。余命が迫ってて…。でも、これだけは伝えたい。優くんは、私の永遠の恋人』ってね」
“柊木”って誰か知らないけれど、やっぱり元カノなんだ…。
「俺は、もちろんって言った」
「もう、柊木はこの世にはいない。俺、この約束は破れない」
空一面、夕焼け色に染まっていた。
彼の横顔が、すごく優しそうに見えた。
「俺だって、約束、破りたい」
私は、胸のあたりがポッと暖かくなるのを感じた。
夕焼けに照らされた彼の横顔は、少し赤らんでいた。
呆然と立ち尽くす、彼の手元には、小さな紙切れがあった。
「これ、読みたかったら」
彼は私にその小さな紙切れを差し出した。
律儀に折りたたまれている。
「さっさと読んでくれ」
そこには、鉛筆で書かれた、文字。弱々しい文字だった。
『優くんへ。
前、はなしたけど、私はもう、いのちが長くないの。
いつ死んでもおかしくない容態だって、いしゃからもきいたの、、、
1つだけ、いいたいことがあるの。
優くんは、私の永遠の恋人。
浮気、だめだよ。ずっと、私の彼氏。
でも、優くんにも、また好きな人ができると思うの。
私がこの世からいなくなったら、ね。
そのときは、優くんを大切に思ってくれる、ひとがいい。
私、お空から、見てるから。ずっと。
優くんを見捨てる子を、彼女にしないこと。
それから、、、私の夢だった、声優のおしごとをしてくれる女の子を、
彼女にしてね。
私の代わりに、声優っておしごと、やってもらいたい。
わがままだけど、ごめんね。
真希より』
声優…私もやってみたいとは一度も思ったことがないんだけど。
「俺を大切に思ってくれて、声優の仕事につく人、じゃないとダメだって」
彼がそう言い終わった時、チャイムが鳴った。
門から、ちっぽけな生徒たちが、小走りに出ていく。
太陽の頭が、そろそろ見えなくなりそうだ。
「柊木のやつ、これが遺言、なんだ。守れないなら、彼女にできない」
髪が靡く。
彼の横顔は、寂しそうだった。
俺だって、約束、破りたい___確か彼は、そういった。
彼は、ずっと、遠くを見つめている。
私は、ずっと、彼を見つめている。
「私、守るから」
そう言葉にした瞬間、風が、ピタリと止んだ。
揺れる木々も、ピタリと止んだ。
一瞬、彼は驚いたような表情を見せると、初めて私に向き合った。
「分かった。なら___」
彼の温かい手が、私の背中の辺りに向かって伸びていった。
私より、ひと回り大きい彼が、そっと身体を包み込む。
私は横目でチラリ、彼の横顔を見た。
今まで見たことのない、優しい笑みだった。
目を瞑り、ホッとしているようす。
が、気づけば彼の目は見開いていた。
パチクリと瞬きするなり、また、微笑んだ。
「俺も、お前が好きだった」
そうだろうね、と私は彼に微笑みかけた。
彼の温かさを、グッとかみしめる。
「明日、また屋上に来て欲しい。俺から、改めて言いたい」
「うん」
彼の手がほどけると、彼は屋上から消えていった。
彼のいなくなった屋上。
風がまた吹き始めた。
私、声優になるんだ___。
パッとしなかった私の将来が、少し明るく照らされた気がした。
破れない、“約束”。
いつまでも彼のそばで、守り続けたい。
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