寝るだけの仕事

1/11
前へ
/11ページ
次へ
「寝ているだけで稼げる仕事ないかな〜」  隆太の呟きを聞いた沙菜の眉毛がピクッと動いた。 しまった、と思ったがもう遅い。  つい先月、隆太は大学の同級生だった沙菜と籍を入れた。 といっても、どこぞの王子様のようにキラキラしたプロポーズの言葉を発したわけではなく、もちろんその逆でもなく、ただなんとなく、だった。 交際期間は半年と短かったが、趣味が合ったことと、お互いにもう30歳を過ぎていたことから、結婚するならこの人かなという予感めいたものがあった。  結婚を決意した理由があるとすれば大きく2つだった。 一つは、隆太が仕事をやめたこと。 大学卒業後、大手食品メーカーに就職した隆太は、その後8年間営業として働き続けた。 それなりに残業もしてそれなりに先輩に怒られながらも、それなりに充実していたと思う。  しかし、何年経っても昇格することはなかった。 とうとう、2年後輩の宮本が課長になり、このままこの会社にいても明るい未来はないと感じた。 一度考えたらすぐに行動を起こす性格の隆太。 気が付いたら会社をやめていた。 3か月前のことだった。  後先考えずにやめてしまったため、転職先は決まっていない。 経済的にも、一人だときつい。  そしてもう一つは、2人の家が遠いことだった。 隆太は都内のオフィスに近い場所に部屋を借りていたが、沙菜のほうは実家から1時間半もかけて通勤していた。 広告代理店に勤める沙菜も残業が多く、仕事終わりにご飯でも、ということがなかなかできなかった。 隆太の家で会うことができれば話は簡単なのだが、自分の家に他人を入れるということになんとなく気遅れしてしまい、沙菜を家にあげたことは一度もなかった。 家という選択肢がなくなれば自ずと会う頻度も減ってきてしまう。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加