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人類史上最も素晴らしい時代が来たと思われた。人間は天国を空想のうちにではなく、現実に存在させたのだ。そして、もはや正直者が馬鹿を見る時代は終わった。なぜなら、勤勉に働き、充分な金を稼げば夢の機械を買えるのだから。実際、それは例え特段裕福な者でなくても、一生をかけて金を蓄えれば買えないほどのものではなかった。もっとも、長く夢を見られる機械を買おうと思ったら、誰でもと言うわけにはいかない。大抵の人間は自分のために十年ほど機能するものが買えれば御の字と言えた。つい最近、九十歳の大富豪がカプセルの中で千年間の眠りについたらしいと噂されたがこの真偽については明らかでない。かつての哲学者が考えたほど人々がこの機械を使用することについて倫理的なジレンマに苦しまなかったのは、機械を手に入れる以前のこの現実的なハードルのせいかもしれない。 一方で現実の社会は全く廃頽した。一世紀ほど前の先人たちが必死になって解決しようとしていたあらゆる問題がぶり返した。もう誰も社会の問題に関心がなかったのだ。「そんなものを解決するために躍起になるよりも、今は少し辛抱して、金を貯めて、機械を買うのだ。そうすれば全て報われるんだから……」誰もが口には出さなかったが、そんなふうに考えていた。そして、マリもその一人に違いなかった。
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