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「…え?」 女性の言葉に一瞬体が固まる。 「うち、すぐそこなの。ほら、こっからでも見えるよ。あそこ。」 女性が指差す方向に目をやると、数メートル先の一軒家が目に入った。 道路より少し高い位置にあり、スロープで上がるようになっているようで、割りと大きめな古民家のようだった。 「なんにもないけど、冷たい麦茶くらいごちそうするよ。」 冷たい麦茶という言葉に急に口の中に生唾が湧いてきて、ゴクリと飲み込む。 いや、だって、どうせ… 亮太は目の前まで迫ってきている冷たい麦茶の幻像を打ち消し、女性に言った。 「ありがとう。いや、でも大丈夫。コンビニまで歩くよ。」 その言葉に、女性はしばし亮太の顔をジーッと見つめた。 亮太はその目にうっかり吸い込まれそうになりながら、すぐに我に返り 「それじゃあ。」 と言い残し再び立ち去ろうと女性に背を向けた。 すると 「あ、ねえ。あの、ちょっとそこで待ってて。すぐだから。1分だけ。ね?」 そう言って、亮太の返事も待たずに走り去ってしまった。 亮太は呆気にとられ、その場に取り残された。 このまま待っていたほうがいいのだろうか。 いや、下手に人と関わりを持たないほうがいいだろう。彼女が戻ってくる前に、この場から消えたほうがいい。 そう思い、コンビニの方向へと足を進め始めたその時。   「ねえ!待って!これ!」 背後から声がしたので振り返ると、何やら手にしてそれを頭上で振り上げながら走ってくる彼女の姿が見えた。 逃げるわけにもいかず、その場に留まる亮太。 そんな亮太の元に駆け寄る彼女。  息を切らせながら 「ハアハア。待っててって言ったのに。」 「あ、ごめん。」 「ハアハア。まあ、いいや。はい、これ。」 女性は手に持っていた物を亮太に差し出した。 「麦茶じゃなくてごめんね。家まで来てくれたらコップに注いで麦茶ごちそうできたんだけど。でもこれもちゃんと冷えてるから。」 そう言って差し出したのは、水のペットボトルだった。 「え、あ、ありがとう。これをわざわざ取りに行ってくれたの?」 「うん。だって、家に上がるの躊躇してるみたいだったから。」 「え…そ、そんなこと…」 心の中を見透かされた気がして、少し動揺した。 「あは、別にいいよ。なんか、うん。分かるし。」 「…分かるって?」 「私、あなたが誰か知ってる。」
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