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「じゃあ、そろそろ行くわ。これ、ありがとう。」 話しながらも何度も口に運んでいつの間にか空になったペットボトルを持ち上げて、カラカラっと振って見せた。 「どういたしまして。あ、それ、捨てとくから。」 と、空のペットボトルを亮太の手から受け取る女性。 「あ、ありがとう。なんか、何から何までごめん。」 「ふふ。別に、お水を恵んであげただけでしょ。命を救ったわけでもないのに大袈裟。」 「いや、これは本当に命の水だったよ。」 「そ?そっか。じゃあ私は人の命を救った救世主ってわけね。」 自慢気に斜め上を見上げて笑う。 そんな女性の笑顔を見ていたら、亮太はなんだか不思議な感覚に襲われた。 もう少し、この子といたい。 もう少し、この子と話してみたい。 このまま別れてしまったら、もう一生会えないかもしれない。  突然、言いようのない焦燥感に襲われた気がした。 「あのさ…」 「ん?」 「あの…えっと…」 「ふふ、どうしたの?」 「あー、うん。あのさ。名前…」 「名前?」 「うん。聞いてもいい?」 「もちろん。」 ニコっと笑った顔がなんだか眩しく見えて、胸の奥で何かがカチッと動いた気がした。 「ハル。」 「ハル?」 「うん。」 「本当は…晴海。晴れる海って書いて晴海。でも、私自分の名前あんまり好きじゃないの。理由は特にないんだけど。だから、いつもハルって名乗ってる。」 「そっか。ハル。」 「そ。ハルミよりハルのほうがよくない?そんなことない?」 「うん。ハルのほうが似合ってる。」 「ありがとう。」 そう言って笑うハルを見つめる亮太。 目が離せない。 あまりにじっと見つめ過ぎて、ハルが少し居心地の悪そうな様子で言う。 「そんなに見つめられたら穴が開いちゃう。」 「え?あ、ごめん。なんか…」 「なんか?何?あ、わかった!」 すごいことを閃いたと言わんばかりに、右手の人差し指を天に向けて立てる。 「私に一目惚れしたな?」 ハルにしてみれば、冗談のつもりだった。 そんなわけないだろ。 そうだよねー。 アハハ。 と、笑い飛ばして終わる筈だった。 ところが、ハルの言葉は亮太の図星というツボを見事に突き刺した。 ただ、亮太にとっても全く自覚のない思いだったから、図星をつかれたというよりハッとさせられたと言ったほうが正しかったかもしれない。 「一目惚れ…」 「え?やだ。冗談よ。」 「…いや」 「…え?」 「俺、アンタに一目惚れしたかもしれない。」 もうすぐ夏が始まろうとしている。
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