赤い実の幸せなまどろみ

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「ところで、今、何時?」  ゆすらは待合室を見渡すが、時計を見つけるより早く、阿久利がスマートフォンを見せてくれた。  4時。朝方だ。  受付終了間近に受診し、泣き疲れて眠ってしまったから、9時間くらい眠っていたはずだ。  眠ったのに、体から疲れが抜けない。眠る前の疲労の量を朝までキープしている感じがする。  でも、仕事は休めない。今日は早番。明日は休日出勤の予定。  職場である総合病院から離れたメンタルクリニックをインターネットで探していたら、懐かしい名前を見つけた。藁にもすがる思いで初診の予約をした。いざ受診したら、この(ざま)だ。  この時間にバスは出ていたっけ。タクシー代を払えるくらいのお金は持っていたっけ。そもそも、診察代の分のお金はあったっけ。  それらが駄目なら、徒歩で帰宅するしかない。  ゆすらはソファーから重い腰を上げ、ふらついて膝から崩れた。 「ゆっちゃん!」  阿久利も膝をついて、ゆすらを支える。 「お願いだ。行かないで、ここにいて」  王子様みたいに格好良い彼が、視線を合わせて乞うてくる。 「ゆっちゃんは、勇気を出してここに来てくれた。俺は、ゆっちゃんを救いたい。これ以上苦しむゆっちゃんを、見たくない」  ゆすらは、目を合わせることができずに俯いた。  救いたい。苦しむゆっちゃんを見たくない。  それは、医者としての使命か。それとも、昔馴染みへの同情か。  どちらにせよ、ゆすらはこのメンタルクリニックを受診したことを後悔した。  弱った自分を知られたくなかった。迷惑をかけたくなかった。  「ゆっちゃん」は、綺麗な思い出のままでいたかった。
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