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ふわふわと、ほろほろと。
足元がおぼつかない。そんなゆすらをつなぎとめているのは、彼の大きな手だ。包帯を巻いている方ではない。利き手の方だ。
「怪我、大丈夫?」
「大丈夫。ゆっちゃんの方こそ心配だ」
「私は平気。看護師長と話をして、今まで休日出勤していた分の代休を明日から消化することになった」
「それって、解雇……!」
「違うよ、多分。以前から師長は私のことを気にして下さっていて、先輩方の言動をハラスメントだと判断なさっていたの。ハラスメントの証拠も探していたんだって。大袈裟だと思っていたんだけど」
「大袈裟なものか。……でも、俺が大袈裟にしてしまった」
「師長は、あぐちゃんに感謝していらしたよ。外部のかたの介入があったからこそ、明らかにすることができたって」
「ゆっちゃんは?」
彼は歩みを止めた。気づけば、目の前の信号は赤だ。
「ゆっちゃん自身は、どう思った?」
一瞬、彼の目線が下方に向いた。すぐに元の目線に戻り、真剣な面持ちになる。
「ゆっちゃんは、あのときの俺が邪魔者だったんじゃないかな」
「そんなこと、ない!」
青信号になり、周りの人が歩き出す。
ふたりも流されるように横断歩道を進む。
「あぐちゃんは、王子様!」
雑踏の中、彼は立ち止まってしまった。
包帯が巻かれていない左手の小指で、頬を掻く。あ、これはきっと、何かの癖だ。
ゆすらは、昔のことを思い出した。
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