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ゆすらが小学校高学年。彼が高校生のときだ。
小学校の通学路の途中に高校があり、朝も夕もグラウンドの様子を見ることができた。
たびたび金網によじ登って野球部の練習を見ていた、ゆすら。そんなゆすらに気づいた阿久利は、厭わずに声をかけてくれた。一緒に帰ろう、と。
ゆすらの両親は共働きで、夜遅くにならないと家に帰れない。その間、ゆすらは阿久利の家に居させてもらうことが多かった。高校の野球部の人達もそのことを知っていて、練習の切りの良いところで阿久利を上がらせてくれた。
急に車が来たら危ないから、と手をつないでくれた彼。
ゆすらと一緒に「赤い鳥小鳥」を歌ってくれた彼。
ミュージカルの王子様役みたいに歌が上手いので、ゆすらは驚いてしまった。
――あぐちゃんは、王子様!
彼を褒めたら、彼は小指で頬を掻いて照れてしまった。
阿久利の家には、いつも彼の祖父母がいた。
ゆすらにも夕飯を用意してくれたのだが、夕飯を待つ間に、ゆすらはいつも炬燵やローテーブルにもぐって寝てしまった。
目が覚めれば、夕飯。いつも、ゆすらの大好きなポテトサラダ。
幸せだった。何も知らない、幸せな時間だった。
ゆすらが高校生になって知ったことだが、阿久利は祖父母と3人で暮らしていた。
両親は阿久利と一緒に暮らしておらず、仕送りだけをしていた。一度も我が子に会うことは、なかった。
近所の噂では、夫婦は子を望んでいなかったそうだ。会って話したことのある人によると、ばりばり働いて悠々自適に私生活を送るような夫婦、という印象だった。
子に愛情を注ぐことはできなかった。ならばせめて、不自由しないように養育費も学費も目いっぱい出してあげよう。
ふたりは、悔やむように泣きながら、そう話していたそうだ。
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