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第一話
「だから、何なんだよ。絶対に怪しいショッキングピンクのやつっ!!」
「まま、ささっと、実験体3号くん」
「勝手に実験体にするな!」
宇宙人に攫われた。
もとい、宇宙人と名乗る変質者に、見たこともない真四角のワゴン車っぽい乗り物に連れ込まれ、聞いちゃいけないような場所に運ばれて、あられもない姿で拘束されている。
誰かオレを殴ってくれ。
夢だろ、目を覚まさせてくれーっ
「はいはい、キミに拒否権は無いよぅ」
逆三角形の顔の太眉と、
「言う通りにすれば、すぐ帰れるからねぇ」
丸顔のちょび髭が両脇に立って、ニマニマと笑う。
「ふざけんな!」
叫ぶオレ、きっと絶体絶命。
「はーい、もう一回だけ、説明するよぅ」
「今からキミは、この毒々しいショッキングピンクのヘルメットを被りまーす」
「すると、あら不思議!瞼が閉じて眠くなりまーす」
「オヤスミンという怪獣が現れるので、この麻酔銃で眠らせてくださーい」
「このミッションが成功しないと、帰れませーん」
口調は子供向け番組の体操のお兄さん。
言ってることは、無茶苦茶だ。
「だから!なんでオレ?」
「時間なので、失礼しまーす」
ヘルメットを無理矢理に装着させられると、あら不思議、意識が遠のいた……。
「ハーイ、おやすみ~」
小鳥に話しかける、スカートをはいたモフモフ。
大きな木の下で、オレは目を開けた。
(なんだ、ここ)
熊さんに出会いそうな、花咲く森の道。
メルヘンな世界が広がる。
「おや?迷い込んで来てしまったのかな」
モフモフが振り返って、普通に話しかけられた。
―『オヤスミンという怪獣が現れるので…………』
(怪獣か?)
「……オヤスミンさん?」
恐る恐る声をかけると、
「嗚呼。ボクをそう呼ぶってことは、あちら側の方ですねぇ」
表情は読めないが、歓迎されていないことは感じる。
ピーターさんと呼びたくなるような、うさぎさん?と目が合った。
「とりあえず、もうすぐ日が暮れるから、ついて来て」
ピョコピョコと音がしそうな二足歩行で、可愛らしく先を歩く。
身長はだいたいオレの腰くらい、柔らかそうな薄茶色の毛並み。
足が勝手について行く。
(怪獣?)
オレからしてみれば、太眉とちょび髭の自称宇宙人のほうが「怪獣」だが。
―『このミッションが成功しないと、帰れませーん』
「はぁ~」
「お腹、空いたの?」
オレの溜息に耳がピクっと反応して、振り返る。
「……そうかもしれない」
腹の辺りをさすって考えた。どのくらい時間が経過しているのか。
(でも、生野菜嫌いだな)
頭の中に野菜スティックが浮かんだ、ニンジン多めで。
「それは大変だったねぇ」
オヤスミンには、同情されてしまった。
オレは今までの経緯を話した。攫われて、問答無用でここに送られてきたと。ミッションについては、もちろん言わない。
「ひとり暮らし、なんですか?」
連れて来られたのは、またメルヘンな山小屋風の一軒家。
ベッドとテーブル、椅子が2脚。水道は無くて、水瓶がある。
「ここはボクの家じゃないよ。迷子用かな、最近、多いから用意したの」
そういえば、オレを3号って呼んでたな。
「……その、前に迷い込んで来た方たちは……どうされてますか?」
ネガティブな発想がよぎる。
「いつの間にか、いなくなっているんだよねぇ。元の世界に帰れたんじゃないかな?」
コテンと可愛いらしく、小首を傾げて言った。
(可愛いな、モフモフ)
その仕草に暗い気持ちが癒される。
「じゃあ、夕飯の用意が出来たら、呼びに来るね。それまではここで休んでなよ」
「ありがとう」
オレが素直に礼を言うと、耳をピクンっと揺らして出て行った。
(モフモフしたいな……)
オヤスミンのモフモフを妄想で撫でようとした、が、また意識が遠くなった――。
―「おおっ、実験体3号くんと、まだ意識が繋がるみたいだぞぅ」
―「オヤスミンはどうした?」
頭の中に直接、話しかけられる。
―(その声は、太眉とちょび髭か?)
―「「勝手に名前をつけるな!!」」
―(うるさいな。怒鳴りたいのは、こっちなんだけど!)
―「「……………………」」
今までの鬱憤まとめて、怒鳴り返すと静かになった。
―(あんた達のいう、怪獣オヤスミンってどんなの?)
―「全身、毛むくじゃらで」
―「目がギョロリと大きくて」
―「耳がピーンと長く尖っていて」
―「顔の一部がずっと、ピクピク動いていて」
―「「獲物は生で嚙み砕く!!」」
……間違ってはいない、いないけど……言葉だけで伝える難しさを、今さらながら知った。
―(なぁ、そんなやつ相手に、オレが出来ると思ってんの?)
―「大丈夫なはずだ。キミには適性がある」
―「自分を信じて」
雑な応援にイラッとする。
―「それで、麻酔銃、渡すの忘れててぇ」
―「今。キミのポケットに転送したから、確認してねぇ」
突然、ポケットが膨らんで、中を確かめると、手のひらサイズのオモチャの銃が入っていた。
―「ごめんねぇ。予算の関係で弾は一発だからぁ」
―「一撃必殺でお願いねぇ」
―(じゃあ、あんた達がやれよ!)
―「あ、時間だ!」
―「もう邪魔しないから、よろしくねぇ」
―(おい、待て!)
また強制的に、意識が遠のいた。
意識が戻ったのは、迷子用の小屋の中。
テーブルの上に、突っ伏して寝ていた。
右手にはオモチャの銃が……ある。
「はぁー……」
やりたくない……。帰りたい……。
でも、やらないと、帰れない。
日が落ちて、部屋の中が暗くなっていた。
電気は……ないよな…………ロウソクってあるのかな?……メルヘン様式で考えると、ランタンか…………アッ!
オレは、方法を見つけてしまった。
きっと、オヤスミンは灯りを持ってこの小屋に入って来る。扉が開いたら、灯りを狙って、暗がりから撃てば、身体のどこかには当たるかも。
ごめん。オヤスミンには、さっき会ったばかりなのに、親切にもしてもらったのに……でも、麻酔銃だから、多分、死なない、はず…………帰ったら、太眉とちょび髭をぶん殴るから…………ごめんなさい。
窓から外を覗くと、ぼんやりとした灯りが、ゆらゆらこっちに向かっているのが見えた。
あの高さはきっと、オヤスミンだ。
オレはベッド陰に隠れて、入り口の扉に向かって銃を構えた。心臓の音が全身に響く。額にじんわり汗が滲む。心の中で「ごめんなさい」を呪文のように唱えながら、その時に備えた――。
扉が開いて、灯りが部屋中を照らす前に――
バキュン
バサッ
…………終わった。
うつ伏せで倒れているオヤスミンより先に、転がった灯りを回収した。ランタン仕様で、倒れても燃え広がる心配はなさそうなやつだった。
(ごめんなさい)
オレは一度手を合わせて、意識が遠のくのを待った。
…………………………………………
……………………。
(えっ)
何も起こらない。
(太眉とちょび髭、ほらっ、応答しろよ!)
何も聞こえない。
「あなたなら、少しは話しが出来ると思ったのに、残念」
耳をピクピク動かしながら、オヤスミンがゆっくりと起き上がった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
謝りながら、後退り、すぐ壁にぶつかって動けなくなった。
外した。手応えはあったのに。
「本当に、もうちょっと思慮深くなろうよ」
軽蔑したように聞こえる声に、只々震える。
「あなたは、ボクが何か知っていて、こんなことをしたの?」
オレは首を横に振った。
「だろうね」
溜息交じりに呟いた。
「…………ごめんなさい、オヤスミンさんを撃たないと……帰れないって言われて…………麻酔銃だから、死なないから…………」
オヤスミンの迫力に押されて、すべて白状する。
「嗚呼。ボク死なないから、大人しくさせるしかないんだよ」
「何なんですか……」
フッと鼻で笑われた気がした。
「でも、話し合えば、そんなことしなくても帰れる方法、一緒に見つけてあげられたかもしれないのに」
「えっ」
「もう、遅いけど」
ぺっと口の中から、弾を手に吐き出した。
スカートの中から、オレと同じ銃を取り出すと、弾を込める。
「そ、それって…………」
嫌な予感に声が詰まる。
「この前来た迷子の、置き土産」
「その人どうなったんですか!」
今度は、しっかり鼻で笑われた。
「すぐ教えてもらえるよ」
銃口をこっちに向けてきた。
「待って、ごめんなさい、話し合いますから!」
両手を上げて叫ぶ。
「ごめんね。ボク、騙し討ちとか、隙を突くとか、大嫌いなの」
「ひっ、やめて」
「永遠に、おやすみ」
胸に強い衝撃を受けて……そして、意識が遠のいた……。
「あらら、実験体3号も戻って来れなかったねぇ」
「やっぱり、『睡魔』って強いねぇ」
「もうちょっと、頑張れるかと思ったのに、残念だったねぇ」
「実験体4号は、どれにする?」
マッチングサイトを、また検索しだした。
―亀のつく名前 従順 勤勉な宇宙人―
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