わかってるから

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わかってるから

お店を出て、 「お疲れー」とか言いながら、 みんなそれぞれに散っていく。 可南子は入り口の辺で、 先輩とまだ何か話してるようだった。 笑顔になっていて少し安心する。 可南子ならすぐいい男見つかるだろうし、 そう思って彼女に背を向けた。 少し離れたところに、 恵実の車を見つける。 小走りに駆け寄ると、 運転席から小さく手を振ってくれる。 「お待たせ。ありがとう」 といって車に乗り込もうとすると後ろから、 「なーんだおばさんじゃん」 という可南子の声が聞こえた。 いつの間にか俺たちのすぐそばまで来ていた。 「中嶋さんタイプなんですか?」 と言ってふっと笑った。 俺は慌てて恵実を見る。 少し悲しそうな顔をしているように見えたけど、 まっすぐ可南子を見ていた。 「すいません車の中から、いつもお世話になってます」 と可南子に笑顔を向けた。 唖然とする可南子。 俺も、何も言えずにいると、 「楓人君 行こう」 と、今度は俺に笑いかけた。 「あ、う、うん。じゃ、可南子また会社でな」 俺はそう言って周りにも挨拶をして、 恵実の車に乗り込んだ。 「じゃ失礼します」 恵実も周りに軽く頭を下げて、 車を発進させた。 可南子の表情は見えなかったけど、 こちらは見ていなかったようだった。 静かな車内に、小さく恵実の好きなアーティストの曲が流れる。 「あの子」 沈黙の中で、ふと恵実が言った。 恵実を見ると、微妙な表情をしていた。 「ごめん。恵実に嫌な思いさせて!」 恵実の意図がくみ取れなくて、 恵実を傷つけけたことを詫びた。 恵実は泣きも怒鳴りもしなかった。 まったくもって取り乱していないのが、 帰って俺を不安にさせた。 「普段はあんなこと言う子じゃないんだけど」 そう言ってから"しまった!”と思った。 これじゃ可南子をフォローしているだけになってしまう。 「わかってる」 焦っている俺とは反対に、 恵実は冷静だった。 「ていうか、実際おばさんだしそれは否めない」 と言って笑った。 「私こそお迎えなんか行って、 楓人君に恥ずかしい思いさせてごめんなさい」 その言葉にハッとした。 恵実に迎えに来てもらえるのがうれしくて、 恵実も可南子も傷付けてしまったのに、 可南子も恵実も俺を責めたりしない。 自分のだめさに頭を抱えたくなる。 「あの子はきっと、 楓人君のこと大好きなんだね」 恵実はなぜか切ない顔をしている。 「よく見たらお似合いだし…。 あの子と楓人君のほうが…」 いやいやいや、お似合いも何も、 俺は恵実にしか興味ない。 そう思ってさらに焦ってしまう俺にかまわず、 恵実は言葉を続ける。 「でもごめんなさい。 私も楓人君のこと大好きだから、 譲ってあげられない」 恵実… 意外な言葉に俺は何も言えなくなる。 「楓人君はいいの?」 「え?…なにが?」 信号でとまったタイミングで俺のほうを見る恵実。 「私を選んでいいの?」 こんなまっすぐに真剣なまなざしは初めてかも。 思わずドキドキして、顔が熱くなるのがわかる。 視線も泳いでしまう。 「私たち、まだちゃんと付き合ってるわけじゃないし、 いつ振られても後悔はないけど。 今ってさ、ターニングポイントじゃない?」 「それって…」 めぐを選ぶか、可南子を選ぶかってこと? 「楓人君にとっては、可南子さんのほうが年相応というか…」 「恵実を選ぶ以外の選択肢は俺にはないよ」 恵実の言葉を遮って俺ははっきりと言った。 恵実は一瞬目を見開いた後、ふっと笑って、 「よかった」 と言ってアクセルを踏んだ。 「ごめん、今は楓人君と離れる勇気も自身もないかも」 あんなに強気だったのに、 急に弱気になる恵実。 俺だって、めぐみを手放すことはできない。 「あんなかわいい子の失恋の上に、 私の幸せがあると思うと、 楓人君のこと大事にしないとね」 と笑う恵実。 俺のほうがその言葉をかみしめなきゃだよね。 そう思いながら、めぐみの助手席を独占できる幸せをかみしめた。
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