それは俺にとって

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久しぶりに結構飲んだせいか、 帰りの車では気分もよくて少し眠い。 酒の勢いで気が大きくなったのか、 俺は助手席に乗り込んだ。 恵実もそれを拒否しなかった。 「今日はありがとうございました」 「こちらこそ 楽しかったよ」 たわいもない会話を少し繰り返す。 でも俺は、思わず口を滑らせてしまう。 なんでかわからない。 多分ちょっとした嫉妬心だったのかも。 「こんな遅くまで男とで歩いてて平気なの? こないだだって、 家の前でほかの男とあんなに楽しそうに話してたし。 旦那さん心広いね」 丁度信号で車がとまる。 エンジンが少し静かになる。 しまった。 そう思ったけどもう遅かった。 沈黙に耐えられないと思った瞬間、 恵実がぽそっという。 「私になんか興味ないのかも」 え? 「もしくは私なんかが他の男とどうこうなるなんて、 ありえないって程魅力ないと思われてるんですかね?」 ふふっと鼻で笑った。 そのタイミングで信号が青になってアクセルを踏む。 BGMの音量を少し上げる。 そして一瞬俺を見てまた視線を前に戻す。 「楓人君酔ってるし…。 この話は女のちょっとした愚痴だと思って聞き流してください」 普通に笑顔で言う。 「私の旦那…、彼女がいるんです。 多分もう1年半…いやもしかしたら2年は立ってるかも」 恵実はまっすぐ前を見ながらゆっくり話し始めた。 俺は一気に目が覚めた。 「でも、子供のこと、将来のこと、お金のこと…。 それに何より一人になるのがさみしくて、 なんだかんだ別れられないんです」 ホルダーに残っていたペットボトルの水を一口飲んで話は続く。 「旦那の彼女はかわいくてきゃしゃで、 いろいろできて。 私も会ったことあるんだけど とてもいい(ひと)なんです」 ちらっと俺を見る。 その表情は無表情だった。 「だから、私のせいで二人が堂々と会えないのはつらいし、 彼女シングルマザーで旦那も彼女と別れる気もないみたいだし、 子供にはほんとに申し訳ないけど、 私はやっぱり離婚の選択肢をしっかり考えてます」 また信号に引っ掛かり恵実は俺のほうを見て、 今度はにっこり笑う。 「そりゃそうですよね。 仕事もしないで家でぬくぬくしてるだけのおばさんより、 きゃしゃでかわいくて、 一人で一生懸命頑張ってる彼女のほうがいいに決まってます」 恵実は笑顔だ。 なのに彼女の目からは涙が流れている。 俺の驚いた顔を見て、 恵実ははっとして手の甲で涙をぬぐう。 「ほ、ほんとに聞き流してくださいね」 そう言って信号に従ってアクセルを踏んだ。 多分こんなことを話したら “重い女”だと思われる。 そう感じているに違いない。 「俺は…」 こんなタイミングいいことってない。 旦那が浮気しているなんて、 そのすきを突くには最高の条件だ。 虫のいい話だけど、 旦那の浮気が理由で恵実が離婚したら、 なんの気兼ねもなく恵実を口説ける。 これって酔ってるせい? いつの間にか俺は恵実をこんなにも好きになってた? ちょっと仲のいい男にも旦那にもやきもち焼いて、 こんなもやもやした気持ちになる。 旦那の浮気を聞いて恵実に同情もしたけど、 それ以上に"ラッキー"とか思ってしまった。
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