へぇー。

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へぇー。

「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ!」 ここは夜の酒場。結婚を控えた男たちが残った独身の時間を謳歌するために婚約者には内緒でよくやってくる男の秘密の場所でもある。 今日も数人の男たちが冷えたビールやワインを片手に酒を呑み交わし、おおいに盛り上がっていた。 「おいおい。そんな事言って、バレたら大事になるぞ?」 「そうだ。確か伯爵家に婿入りが決まったんだろ?お前が一目惚れしたからと口説き落としたと聞いたぞ。子爵家の令息が格上の伯爵家の令嬢を射止めたって噂になってるんだぞ」 諫めるような口振りの男たちだが、その表情はヘラヘラと笑いその場を楽しんでいる。誰一人その発言のヤバさを認識しているようには思えなかった。 「ここだけの話にしてくれれば大丈夫だよ!それにおれはちゃんとロティーナを愛しているし別に浮気しているわけじゃないからな!」 「でも2番目なんだろ?」 「それも仕方無いことさ。アミィの美しさに勝てる女などいない。例え結ばれなくてもアミィと俺の心は繋がっているんだよ。俺はアミィに命を捧げると誓ったんだ」 ビールを一気に飲み干し、酒のせいで熱のこもった息を吐きながら男は胸に手をあてた。 へぇー、命を捧げるって誓ったんだ?へぇー。それって結婚式でやる誓いのポーズだよね?一生あなたに寄り添いますって誓うんだよね?へぇー。結婚を約束した婚約者がいるのに違う女にそれしたんだ?へぇー。 「アミィ嬢と言えば彼女は凄いな。だって公爵令嬢から隣国の王子を略奪して新たな婚約者になったそうじゃないか」 「それ知ってる!なんか公爵令嬢がアミィ嬢を虐めていたらしくて、王子がそれに怒って公爵令嬢を断罪したんだろ?公爵令嬢が隣国の式典に参加しに行ったらなぜかアミィ嬢がいて断罪劇が始まったって聞いたぜ」 「おいおい、それ外交問題にならなかったのか?」 「なんでも隣国の王子がアミィ嬢を公爵家の養女にして自分の新たな婚約者にするならば外交問題にはしないって言ったらしいぜ?」 はっきり言えばそんな簡単な話じゃなく大問題だったわけだが、隣国との事だから大事にしたくないと王様が無理矢理纏めたのよね。 アミィ嬢は元々男爵令嬢だったのだが、あまり教養があるようには見えなかった。だがお堅い教育を受けていた隣国の王子にはそれが天真爛漫な純真な令嬢に見えたらしくてすっかりメロメロにされていた。我が国の公爵令嬢とは政略的な婚約だったとは言え、あの王子の態度はあまりに酷かったと思う。そして最後は公爵令嬢の味方が誰もいない自国に呼び出して話も聞かずに断罪したらしい。 さらにはその公爵令嬢の親に、アミィ嬢を養女にして公爵家の娘として自分の婚約者にしろと脅しまでしたのだ。男爵令嬢のままでは爵位が足りなくて婚約者に出来ないからだろうけど、養女にしなければ公爵令嬢を死刑にするなんて酷すぎると思った。 だがここまで詳しい事はほとんどの者が知らない。「虐めなど情けない事をした公爵令嬢の罪を償うために被害者である男爵令嬢を養女にした」と嘘の噂が流されているからだ。 「へぇ、隣国の王子様ってのは懐が広いな!公爵令嬢は修道院に送られたんだっけ?」 「たぶんな。しかしいくら婚約者にかまってもらえなかったからって王子のお気に入りの令嬢を虐めるなんて公爵令嬢も所詮ただの嫉妬に狂った女だったんだなぁ」 「学園にいた頃は真面目を絵に描いたような感じだったのにな!」 ゲラゲラと笑いながら公爵令嬢の悪口をツマミに酒を飲むこいつらの顔にゲロまず苦々青汁でもぶっかけてやろうかと思った。こんなゲス共には青汁なんて高級品勿体無いからしないけど。 ちなみにその公爵令嬢は私の親友である。彼女は確かに男爵令嬢と衝突していたが虐めなどしていない。ただ貴族令嬢としての基本の振る舞いを教えていただけなのにあの馬鹿王子は男爵令嬢の言葉を真に受けてあんな断罪劇をしたのだ。恋は盲目とは言うが外交を巻き込んで公爵家を脅すなんて許されるはずがない。公爵家のおじさまやおばさまは娘の命には代えられないと養女の件を承諾したが、死刑は免れたものの公爵令嬢は犯罪者として修道院行きにされてしまった。その後おばさまは心労で倒れてしまったがあの男爵令嬢はしらんぷりして公爵家の名前だけを振りかざして豪遊していると聞く。 「隣国の王子と男爵令嬢は真実の愛の為に障害を乗り越えて結ばれたんだと有名だぜ。お前も結局はアミィ嬢にフラれたしな!」 「……ふん。もし隣国の王子がアミィを泣かすようなら俺がアミィをかっさらいに行くさ」 「いやいや、だからお前は伯爵令嬢と結婚するんだろ?」 「それとこれとは別問題だ!」 おいおい、別じゃねぇよ。伯爵家の娘婿が隣国の王子妃を拐ったらそれこそ外交問題ぶっ飛ばして戦争だよ! そんなことになったら伯爵家は確実に潰されるだろう、その隣国の王子に。あの馬鹿王子はなぁ、本当に馬鹿なんだからな! あぁ、まったく。とんでもない事を聞いてしまったものだ。しかし、このタイミングでこんなことを知ったのはある意味幸運なのかしら……。 え?私は誰かって? ええ、お察しの通りあそこで阿呆面を晒してビールを飲んでる子爵令息の婚約者である、伯爵令嬢でしてよ?学園を卒業した時点で成人と認められるから飲酒しても罪には問われないが、慣れない酒のせいで口がとっても軽くなってる辺り彼は酒を飲まない方がいいと思う。 まぁ、なぜ伯爵令嬢がこんなところ(男共の秘密の酒場)にいるのかは後々わかるとして……。 そうですか。私は2番目ですか。 私と結婚するのに、その命はあんな阿婆擦れ女に捧げているのですか。しかも、もしもの時は彼女をさらいに行くと……。 ふふっ。そんなにアミィ嬢がなによりもお好きなら、わざわざ妥協して私なんかと結婚しなくてもすむようにしてあげましてよ?
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