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伊織は………まこと死んだのか。
この二十年、伊織は死んだのだと思って来た。
旧幕軍に加わったと聞いた後の動向は杳として知れず、戊辰戦争終結後も遺髪さえ戻らなかったのに、死んだものとして扱って来たのだ。
「みなで私を謀っていたのか」
「いいえ。細工師の帰蝶が兄であった事は西院様も存じてはおりません。供養を頼んだ永宝寺の宋寛殿にも、その素性を明かしてはおりません」
「西院殿にとって伊織は甥、宋寛殿には従弟、気付かぬ筈がないだろう」
「いいえ。私が再会した時ですら、兄に昔の面影はありませんでした。新政府軍の大砲に右脚を吹き飛ばされ、まだ四十前であったのに顔も老いさらばえ。殆どものも言わず、ただ手だけを動かし細工を作り続ける傀儡の如き有様でした」
伊織が。あの伊織がか。今の志弦とそっくりな……精悍で凛々しく、誰よりも気高く美しかった伊織がか。
「おまえと再会したのはいつの話だ」
「三年ほど前。横濱港の秋朝海運本社に、私宛の書状が届いたのです。兄の妻が私を頼って寄越した書状でした」
「……妻……」
桐吾はその声に、強い憎しみと悲しみを滲ませた。
「貴方様を裏切り、父と郁様を自害に追いやり……! なのに兄はのうのうと生き延び、所帯を持っておりました……!」
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