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  「おまえの言う通り、みな私の犠牲者だ。沢良木家の不幸を、犠牲を以って初めて私は主人の責を知った。守るべきものを知った。だが失った者は戻らない。私の罪は重い……」 『霖雨蒼生』  死の淵にあって尚、伊織が私に求めたのは主君である事だったのだろう。秋朝家の行く末を、この地の安寧を願って止まなかったのだろう。  伊織は最期の最期に、まこと忠臣でありたかったのだと思う。 「伊織の妻は生きているのか」 「いいえ。私が訪ねた時は既に病で死の床におりました。自らが亡き後の兄を慮り私に縋ったのだと思います」 「そうか……さぞ苦労した事だろうな」  伊織の妻は維新で没落した士族の娘で、美濃から関東へ流れ娼妓をしていたのだと言う。『帰蝶』は生まれ故郷にあやかった源氏名。本名は『あき』─────  あれほど優れた武将であったにも関わらず伊織は名もなき一兵卒として負け戦の陣に加わり、上野で図らずも生き残った。それが出奔から半年足らずのうちの事。  帰蝶は傷ついた伊織を支え……共に暮らした妻。  伊織が細工師として名乗ったほど、大切な女子だったのだろう。
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