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   伊織はとても器用だった。文武両道に優れた忠臣だったが、一人の時間には外国(とつくに)から来た時計などの絡繰の品を分解し、また組み直しては唸っていると誉が溜め息を吐いていた。だが父はそんな伊織を頼もしいと褒めていた。  元は左利きだった故に両の手を操り、物を作る事が好きで。本当なら私の世話などよりそちらに没頭していたかっただろうに。  篠笛、遠眼鏡、オルゴール……手遊(てすさ)びに作っては私達に与えてくれた伊織は、最期に細工師となれて幸せだったのだろう。  だからこそこの遺作(チェス)は、こんなにも美しく素晴らしい出来栄えなのだ。 「まさかこのように……仕掛けが施されていようとは」 「実に伊織らしい。奥床しいではないか」 「貴方様は……! 呑気が過ぎます……!」  己の心を隠し隠して……それでも最期に遺して行ってくれた。私はやはり伊織と言う男に出逢えて良かったと思う。 「優しい男だったんだ」 「そのような……!」 「虎目のキングを見てごらん」  象牙の王と対の王。  それには伊織にとって甥である志弦への思いが籠められていた。
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