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一
居留地の最北に佇む小さな教会の傍らには墓地がある。この数十年のうちに丹羽で亡くなった数多の外国人が埋葬されている場所だ。
朝靄の中、ジェイとエマの戸籍上の父となったフォール氏に花を供えた後、共同墓地⋯⋯無縁仏を慰める簡素な十字架の前に立つ。
不法入国者、犯罪者……身元不明者の墓標。名を刻まれる事もなく、ただこの地で命を落としたが故にここに葬られた憐れな人々の中に、トリニアーニ夫妻も含まれている。そして─────ジャコモとエンマも。
ここはあの子達の過去が眠る墓だ。
「嘉之丞。然るべき時にジェイムズとエマをここへ連れて来てやって欲しい。あまり目立たぬよう頼む」
「承知仕りました」
港へ向かうと、荷役の屈強な男達が忙しなく往来している。彼らはこの国元を、秋朝商會を支え続けてくれる柱であり活気の源だ。私の故郷はいつも変わらず頼もしく、此処に在ってくれる。
「今宵は戻るのか?」
「ええ、おそらく。志津眞様は若様方とどうぞごゆるりと」
桐吾は馬車から街道に降り立ち、海に向かって歩き出す。市中の動向に目を光らせるのも務めではあるが、彼にとっては最早趣味なのだろう。あの目あの耳は飛鷹より利く。
「嘉之丞、飛鷹は何年生きている」
「もう三十年近くになりましょうか……そろそろ寿命かも知れません」
「おまえが雛から育てた家族のようなものだ。厭うてやらねばな」
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