銀河鉄道の車内をご一緒に

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銀河鉄道の車内をご一緒に

「あ、起きましたか?」  やっとひと心地付いた……と言ってもいいのだろうか、全ての苦しみから解放されたという安堵感と列車の刻む振動に、私はしばしうたた寝をしていたようだ。   かくっと首が軽く落ちたところで意識を取り戻すと、えらく近距離でエメラルドの両目が私の顔を覗き込んでいる。 「お、わ、びっくりした」 「よく寝てましたねぇ。お客さん、お腹空いてません?」  もう空腹など感じない筈なのに、車掌にそう言われると何やら腹の虫も動き始めたような気が。 「列車の中をご案内しますよ。食堂車もあるんです」   車掌は私の手を取り立ち上がらせる。  失われた私の手足がいつの間にかすっかり元通りになっているのに気がついた。 「ふふふ、まだ戻ったばかりですから感覚が変かも。俺も最初は変でしたよ。ゆっくりでいいですからね」  車掌に手を引かれて、車両の一番後ろにあるという食堂車に向かう。本当に列車の中は車掌と私しかいないようだ。   ええと、たしか銀河鉄道はディーゼルエンジンもしくは電気の機関車だった筈だが、女子男子女子男子は蒸気機関車のお約束ネタだったな。だとすると、我々の他に、この列車には機関士と機関助士がいるのだろうか。 「食堂車で何か召し上がったら、運転室の方にも行ってみます? 運転体験出来ますよ」 「は、はい?」 「え、だってやってみたいでしょ。運転体験」 「たしかに、子供の頃は運転手になりたいという夢もあったが。だが、急にこんな素人が運転などしたら大事故に繋がりかね、」 「大丈夫大丈夫。この列車どうせ線路ないですし、適当に弄ったところで何の影響もありません」 「せんろが、ない」  まるでミュージカルの一場面のように車両の通路でステップを踏み、ポーズを決める車掌。そのひらりと軽い身のこなしは、まさしく私の愛猫の動きそのものだった。   そうそう、あの子も毎日飛んだり跳ねたり楽しそうだったな。家の中のものを壊されて毎日後片付けが大変だったのも、今となってはいい思い出だ。   くすりと笑う私の顔を見て何やら満足げに頷いた車掌は、次の車両の扉を大げさな動作で開けた。 「さぁてお客様、こちらが我が銀河鉄道自慢の食堂車でございます!」  昔よく読んだ海外のミステリー小説に出てくるような豪華な食堂車、とはいかないが、パリッとアイロンのかかった白いクロス、座り心地のいい椅子、つつましやかな花の生けられた花瓶、きちんと並べられたカトラリー類。ひとつひとつに丁寧な仕事ぶりの感じられる、居心地の良い空間が広がっていた。 「お好きな席にお掛けになって下さいね。今準備してきますので」 「え、君が?」 「この銀河鉄道、全て俺が仕切らせてもらってます」  少しお時間頂きますが、すみませんね。そう言いながら、車掌は優雅な物腰で私の座りやすいように椅子を引き、私の顔の前にメニューを広げた。 「まずは軽めのものからいかがです? サンドイッチ、ホットケーキ、マリトッツォ……」 「マ、? マリト、ッチョ?」 「マリトッツォ。ご存じないですか? ふわふわのブリオッシュにたっぷりのクリームを挟んだものです。お好きでしょ? クリーム」 「す、好きだがどうしてそれを」 「ふふふ。毎年ご自分の誕生日に、生クリームのたっぷり乗ったケーキを買って来てたの、ちゃんと見てたんですからね」  むむ、見られていたのか。そしてやっぱりこの車掌は私の……。  
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