銀河鉄道で食事をご一緒に

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銀河鉄道で食事をご一緒に

 マリト……ッツ、オ、は非常に美味だった。さくさくふわふわのブリオッシュ、そこからはみ出るほど詰め込まれた軽い口どけのクリーム、私は手も口もベトベトにして夢中で食べた。  銀河鉄道に乗車した今でこそすっかり元の姿で寛いではいるが、殺し合いに巻き込まれた私は、身も心も腐りかけていた。  そんな私にマリト……ッチョ、オ? の優しい甘みがすみずみまで沁み渡り、ささくれ立っていた心は穏やかに癒っていく。  どこぞのバカおやじが地球破壊スイッチを押してしまったせいで、青く美しい星は死の惑星となった。  僅かに残った生物とて汚染されていない僅かな土地を巡って醜い殺し合いを繰り広げ、種という種はもはや残ってはいないだろう。  私は物書きだった。ペンを(まあ実際使っていたのはパソコンだったが)銃に持ち替え、運動不足の鈍った身体でえっちらおっちら戦地へ赴いたものの、案の定捕らえられ処刑されたのだ。  死体の山に埋もれた私に降り注ぐ死の雨。溶けてゆく肉片。流れ出ていく体液。魂を繋ぐ細い糸がまさに切れようとしたその時だった、私が銀河鉄道を乞うたのは。  死の淵にあって私は銀河鉄道を思った。宮沢賢治の銀河鉄道の夜、松本零士の銀河鉄道スリーナイン。少年の頃より胸を熱くしてきたイメージが、走馬灯のように私の脳裏を駆け巡った。そして私は既に事切れている死体から一枚の切符を見つけた。  死に逝く私への餞かと、骨の飛び出た指でそれを掴み──。すると本当に来たのだ。私の元へ。銀河鉄道が。 「ねぇ。ホント不思議ですよねぇ?」  にこにこ。  目下、私の一番の不思議は目の前の彼である。 「ねぇ君。君はどうして一匹……一人でこの銀河鉄道を運行させているんだい。乗客が私だけだとしても、だ。全てを一人で担うのは大変だろう。しかも最初に君は永遠の旅だと言った。そんな果てしのないこと出来るわけが」 「出来ちゃうのが銀河鉄道なんですよねぇ不思議」  相変わらず車掌の言動はちゃらんぽらんが、メインディッシュが焼き上がりますからもう少しお待ち下さいね、とグラスに炭酸水を注いでくれる手つきは洒落たウェイターのそれだ。どれが本当の彼の姿なのか、ちっとも掴めやしない。 「俺にも分からないんですよ、実のところ」  車掌はどっかりと私の前の席に腰を下ろした。顎の下で両手の指を組み口をへの字に曲げるその顔。前足を香箱にして不機嫌そうにマズルを膨らませるあの子の癖にそっくり。  知ってか知らずか、車掌はその顔のまま私をちらりと一瞥し、ゆっくりと目を閉じた。何故自分がここにいるのかを反芻するかのように。 「俺ね、いい思い出と怖い思い出の両方があるんですけど、中身はよく覚えていないんですよね。ただどうしても、もう一度会いたい人がいる、って強く念じたのは覚えてます。そしたらいつの間にかこんな格好で銀河鉄道に乗ってて。身体が勝手に動くんで大変なことも特にないです。心配しなくても大丈夫ですよ、あ、そろそろローストチキンが出来たかな」  はっと目を開け、車掌は腕時計を見る。その腕時計には見覚えがあった。 「その腕時計。私が家に置き忘れた……」  立ち上がって厨房に歩きかけていた車掌が、振り向いてニヤリと笑った。 「貴方がいなくなるんだって分かりましたからね。形見に貰っておきましたよ」  パリッと焼けたローストチキンをカットしたのを数枚と、焼き立てのパン、コンソメスープを戴く。腹はくちくなり、私はふうと満足してナプキンで口を拭った。  車掌は車内を案内してくれると言ったが、何も急ぐことはないのだし、このままゆっくりしていたい。 「ご満足いただけましたか? では、運転室見に行きましょう」  だが車掌はゆっくりさせてくれる気はないようだ。猫の頃もそうだった。早朝、腹が減ったと肉球で叩き起こされ、次の二度寝から覚めた私に、いかにも朝ごはんなど貰っていませんよ? という顔でせっかちに催促をされたものである。 「待ってくれ。時間はあるというのなら、のんびり行こうじゃないか」  車窓の景色は暗闇ばかりだ。この先何の楽しいことがあるわけでもなかろう。今日一日で全部知ってしまったら、つまらないじゃないか。 「それがそうでもないんですよね、ほら」  私の心の内を見透かしたかのように、車掌は車窓へと視線を促す。暗い窓に反射するエメラルドの光。車掌の目の色かと思いきや、それはだんだんと近付いてくるようであった。 「銀河鉄道、最初の駅です。せっかくですから車内探検は後にして降りてみます?」 「え、降りられるのかい?」 「駅から外に出なければ問題ないですよ。そうだ。この駅、ホームで足湯が楽しめるんです」 「あ、足湯?」 「はい」  銀河鉄道はそうこうしているうちにスピードを落とし始めた。最初の駅とやらに停車するようだ。まるでローカル線の旅番組のようじゃないか。 「さ、ご案内しますよ」  車掌はエメラルド色の瞳を三日月の形にして、私に手を差し出した。
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