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銀河鉄道をご一緒に
幼い頃から憧れていた銀河鉄道の切符を手に入れたのは、長い長い殺し合いの果てに、最後の屍が山の上へ積み上げられた時のことだった。
私の斜め上で息絶えた男のポケットから、ハラリと落ちてきたのが件の切符で、私は必死に屍の山から自分の腐りかけた身体を引き摺り出し、それを唯一残った三本の指の骨でしっかりと握りしめた。
銀河鉄道に乗れる。夢だった銀河鉄道に。
特別な切符を持った私の前に、音もなく線路が延びる。遥か彼方からポォーという汽笛の音がして、やがて力強い蒸気の熱と振動とヘッドライトの光が、闇を切り裂いた。
「お待たせしました銀河鉄道です。乗車希望は貴方ですか?」
車掌車からひらりと飛び降りてきた青年が、私に向かってにっこり笑った。
彼が車掌なのだろうか。ずんぐりむっくりで目だけ異様に光っている謎の車掌を想像していた私は、いささか調子が外れ、ぽかんと口を開けて彼をじっと見つめてしまった。
「貴方ですか?」
「あ、ああ、はい。私です」
屍からくすねてきたという罪の意識さえすっかり忘れ、握りしめていた血だらけの切符を青年車掌に見せる。
「あ、いいですよ。切符はあってないようなものなので。さ、乗って下さい。さっそく出発しましょう!」
はいはい、足元お気をつけて。背中を押されるようにして客車に乗り込む。荒廃し生物の気配を失ったこの地球に於いて、どうにもシリアスさが足りない気もするが、それもまたそれで良いかというような気持ちになっていた。
銀河鉄道は再び力強い鼓動を刻みながらゆっくりと動き出した。
車内は広々としたボックス席のみである。適当な座席に座ると、何故だか青年車掌が私の向かいに座る。おいおい仕事はどうした。
「機関車の動き始め、聞こえました? 女子、男子、女子、男子、って言ってるみたいじゃないですか? 俺、いっつも笑っちゃって、あ、お客さんはこの先ずっと貴方しかいないので、帽子脱いじゃってもいいですか? こういうの苦手で」
「構いませんけど」
じゃ、と彼はかっちりとした制帽を脱ぎ、わしゃわしゃと頭を掻いた。綺麗な栗色の髪の毛がくりんくりんと広がって行く。寝癖が取れないタイプのようだ。思わずぷっと小さく吹き出すと、車掌は楽しそうに私の顔を覗き込んだ。その瞳は宝石のようなエメラルド色で、私は笑いを止めて思わず息を呑む。
似ている──。かつて行方知らずになってしまった最愛の者に。
「どうしました? なんかおかしかったですか俺?」
車掌はエメラルドを三日月の形にしてもう一度笑った。
ああ、やっぱり似ている。争いに巻き込まれた所為で長らく探してやれなかった私の愛猫に。おそらく獣狩りに遭い、縊り殺されたであろう最愛のあの子に。
栗色の毛も、軽い身のこなしも、少し自分勝手なところも、エメラルド色の瞳も。
「さあ永遠の旅の始まりです。楽しんでいきましょう!」
銀河鉄道は私と青年車掌の二人だけを乗せて、暗い暗い宇宙空間へと飲み込まれて行った。
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