27人が本棚に入れています
本棚に追加
私は毎朝必ず、仏壇に手を合わせる。
照れ臭そうに笑う遺影の中の夫は、何度見ても動くことはない。私を呼びつけることももうないから、私は勝手に気が向いたときに夫を想い、線香に火をつける。
この三か月で、すっかり家の匂いは変わってしまった。色々な匂いのものを試したが、線香というものは、火がついているときの香りが多少変わっても、家に染みる匂いは変わらない。私自身にもその匂いが染みついているのかもしれないが、自分ではよく分からない。
夫が遺した建売の戸建ては、私一人には広すぎる。ペットもおらず、まだ子供も授かっていなかった。予定では賑やかで狭いくらいになる筈だった我が家と私の人生計画は、早すぎる夫の死によって全てが無になった。
私はただただ広い家で漫然と生きている。曜日感覚も日にちの感覚もなにもない。時は本当に流れているのかと疑いたくなるほど、私の一日は長い。
さして汚れもしない家を掃除する。それから、気が向けば食事を摂る。外に出ることは稀だった。外に出れば、誰も彼もが私を「可哀想な人」とし、気遣うふりをして傷付ける。誰にも会いたくなかった。家族とも友人とも、次第に疎遠になった。きっと私の独りになりたいという想いを汲んでくれているのだろう。私はそれに甘えて、毎日を独りで過ごしている。
最初のコメントを投稿しよう!