『おやすみ』まで、あと

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「セト様。紅茶をお持ち致しました。少しお休みされては如何ですか。」 リザはそう口にしながら、ちょうど彼女の方を向いたセトに向かい、にこりと微笑みかけた。 ここは、とある大きな御屋敷の庭園の一角。美しい薔薇を眺めながら読書等出来るよう、しつらわれたテラスだった。雇われメイドのリザは、唯一の御主人様となったセトのために紅茶を準備して持ってきていた。 「ありがとう、リザ。君さえよければ、一緒にティータイムにしないかい?」 「はい。そう仰ると思いましたので、私の分も一緒に用意しております。」 セトは由緒あるヒルピション家の若き当主であるにも関わらず、全く驕ったところがなかった。ただのメイドであるリザにも優しく思いやりを持ち、出来るだけ対等に接してくれる。 リザはそんなセトのことが大層好きだった。 セトは難しそうな書物を手早く脇のイスに置く。何もなくなったテーブルの上に、リザは用意していた紅茶のセット一式やちょっとしたお菓子等を準備する。透明なティーポットもカップも二つずつあり、リザは主人であるセトの分と、自分の分を明確に区別していた。とはいえ、見た目は全く同じであるから、配置によって判断しているだけに過ぎない。セトはメイドが自分と同じ種類の食器を使うことを咎めることはしない。むしろ、遠慮して質を落とした食器を使おうとすると、そんな必要はないと小言を言うぐらいだ。 セトの目の前にあるカップに、リザはティーポットから紅茶を注ぐ。淡い飴色の液体がカップの中におさまっていく。 「リザ、何か聞こえないかい?」 不意に、セトがそんなことを言った。ちょうどリザが彼の分の紅茶を注ぎ終えたところだった。 「いえ、特には。」 本当に何も聞こえなかったリザは、首を傾げながらそう答えた。セトは少し困ったようにわらった。 「そっか。...でも、少し気になるから、見てきてくれるかい?...ちょうど、あの辺りから聞こえたんだ。」 セトはそう言いながら、ある方向を指差した。そこはちょうど、住み込みメイドとして屋敷で働くリザの部屋があるところだった。節度ある主人であるセトは、雇っているメイドとはいえ、女性の部屋に無遠慮に入ることを好まない。 「畏まりました。セト様、先に召し上がっていて下さい。」 リザは一礼して、セトに示された自室へと向かう。リザ自身は気のせいだと思っていようが、主人の命令は絶対だ。リザは何も反論することなく、主人のセトに従うのみだった。
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