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「ねぇ、リザ。」
紅茶のカップに指をかけた状態のリザに、セトはそっと呼びかけた。彼の手はテーブルに置かれたまま、カップに触れてはいない。
「如何致しましたか、セト様。」
「僕は、君に感謝しているんだ、リザ。」
リザは、そっと息を飲んだ。ヒルピション家の若き当主で、リザの唯一の御主人様となったセトの言葉は、彼女には、酷くもったいないものに思えた。
「この一ヶ月の間に、ヒルピションの人間は僕以外、皆亡くなってしまった。死因ははっきりしていたし、亡くなったのも屋敷の中ばかりでなかったこともあって、唯一生き残った僕が殺したのか、なんて疑いをかけられることはなかった。とはいえ、ヒルピションは呪われた一族だと言われ、皆僕から離れていった。だけど、リザ、君だけは僕の側にいてくれる。他の使用人は皆出て行ったけど、君だけはずっと、僕を見捨てない。長年遣えてくれた者達だって出て行ってしまったのに。」
セトはそう言って、ふわりとやわらかく微笑んだ。リザは胸がぐっと締め付けられるような感覚を味わっていた。
「とんでもない。私はヒルピションの、セト様にお仕えするメイドです。お側にいるのは当然のことです。」
まだ一口も飲んでいない紅茶のカップから指を離し、リザは膝に両手を置いて、背筋をピンと伸ばした。
セトから見えないようテーブルの下に隠した両手は、小刻みに震えていた。
「これからも、僕の側にいてくれるかい?できれば」
「はい、もちろんです。セト様。」
いつもよりも大きな声で、リザはセトの言葉を遮り、返事をした。そして、にこりとわかりやすく笑った。
全力で、嘘を吐いていた。
少し不貞腐れた顔をしたセトは、諦めたように吐息を吐く。そして、目の前の紅茶が入ったカップに、指をかけた。
「紅茶が冷めてしまう。そろそろ飲もうか。」
「はい。」
セトに言われるまま、リザも紅茶のカップに指をかけ、持ち上げようと動かす。その様子を見たセトも、彼女の動きに合わせるように、カップを持ち上げる。
カップの縁が唇に触れるのも、カップが傾けられるのも、中の飴色の液体が喉を通るのも、殆ど同時だった。
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