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だが、それは失敗してしまった。
まさか、セトがリザの計画を見破り、あろうことかリザに取って代わって死んでしまうなんて、彼女には思いもよらなかった。
大好きなセトが亡くなってしまった。リザ自身のせいで。そもそもヒルピションの人間が全滅してしまったのだから、リザが生きている意味は、もう何もないのだ。
死のう。リザは決めた。結果論だが、ヒルピションの人間を撲滅させるという計画も上手くいってしまった。もう、本当に何もないのだ。リザの部屋には様々な用途の睡眠薬や毒薬がたくさん隠してあるし、方法に困ることはない。
そう思い立ち、リザは立ち上がった。そしてその瞬間、目眩を覚えた。と同時に足元がふらつき、体重を支えられずにそのまま崩れ落ちた。奇しくも、セトの身体に覆い被さるような格好になる。
セトは愛するリザの計画のため、大人しく死を選んだわけではなかった。確かに、彼女が苦しむのは嫌だから、彼女が飲むはずだった紅茶は飲んだ。だが、彼女だけをこの世に置き去りにする気等、彼にはさらさらなかった。
リザは人殺しだ。セトの大切な家族を殺した。だが、セトは盲目的に家族を愛していたわけではなかった。彼は家族や親族の傍若無人な素行に気付いていた。何とかしたいとは常々思っていたが、それができないでいた。何か意見することにより、家族から粗雑に扱われるのではないかという不安が、彼を意気地無しにしてしまった。
自分が何かしていたとしても、リザの計画は変わらなかったかもしれない。だが、気付いていて何もできなかったのは事実で、リザの手紙を読み、彼は深く心を痛めた。リザのような人間は、きっともっとたくさんいるのだ。そう思うと、たまらなくなった。ヒルピションの人間なんて憎くてどうしようもないはずなのに、彼女はセトを一人の人間として尊び、変な色眼鏡を通さずに接してくれた。そう思うと、彼女を愛しく思う気持ちは一層強くなった。
だから、絶対に手放したくないと思った。
彼女は明らかな人殺しだ。死後の世界や生まれ変わり等あるのかはわからないが、良い方へ行くのはおそらく難しい。だったら、セト自身が彼女と同じところへ行けるようにしておけば良い。彼女と同じになれば良い。
セトは紅茶を入れ替える時、彼女が本当に飲むことになる方へ、毒を混ぜた。彼女の部屋に隠してあった、眠るように死ねるという遅効性の毒だ。彼女の部屋にあった睡眠薬や毒薬は全部盗み出して処分していた。
セト自身も人を殺めれば、彼女を手にかければ、きっと、彼女と同じところへ行ける。
だから、彼は『おやすみ』と言ったのだ。
『おやすみ』は、ただ、一休みするだけ。少しだけ見えなくなるだけ。目覚めればまた、彼女はきっと、目の前に現れるはずだ。
セトはそんな思いで、リザに『おやすみ』と、告げていたのだ。
リザはいつの間にか、眠るように目を閉じていた。息を引き取ったセトの身体はまだ温かくて、もったいない程に心地好いなと、彼女は最期の一瞬だけ、そう、確かに思っていた。
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