11人が本棚に入れています
本棚に追加
ひと月が経ち、ヒナタは田畑の世話をするようになった。初めの頃は警戒していた村民も、彼が真面目に働く姿を見て少しずつ打ち解けた。
「ヒナターこっち運んでー」
「はーい」
「こっちが先だって言ってるでしょ!」
「そっちも手伝うよー」
「ヒナタ! すぐ来て!」
違った、少しずつではない。野菜を育てる者、魚を捕る者、村の警備をする者まで毎日ヒナタを引きずり回している。警戒心など欠片もない。
彼が勤勉で物覚えがいいからなのだが、楽しそうにしているので悪くないかと思ってしまう。
「ふふ、人気者ですわね」
「ヒナタがいると半分の時間で済むらしい。午睡の時間が増えると喜んでいるのだ」
「それだけじゃないでしょう?」
「意外と手先も器用で……」
「リュックー、サリアー」
薪を運んでいたヒナタが駆けよってきた。真新しい木綿の服を着て、彼専用の革靴も履いている。優遇しすぎではないかと嘆息すると、彼は大きな手をそっとサリアに差し出した。
「サリアちゃんは今日も可愛いね」
「まあ、お上手ですこと」
サリアは首の付け根をなでられて喉を鳴らした。ヒナタはもう片方の手で私のつば広帽に触れる。
「リュックは今日もかっこいいね」
「おだだても何も出ぬぞ」
「思ったから言っただけ。お仕事がんばってね」
ヒナタが薪を担ぎ直すとアルフが彼の足にしがみついた。
「ねえ、オレは? きまってる?」
「短剣を差してるの? かっこいいなあ」
アルフは平たい鼻を持ち上げながら短剣を見せびらかした。中身は木製のレプリカだが殴るくらいはできる。彼が興味深そうにするとアルフはますます調子に乗ってついていった。
「皆、浮かれすぎではないか」
「あの方はどんな話でも瞳を輝かせて聞いてくださいますもの。あなたとは違って」
「私にはわかりきったことばかりだ」
「でしたらレディを二年も待たせて、どういうおつもり?」
「どういう意味だ」
「婚約者なら『綺麗だね、愛してる』くらい言って下さってもよくなくて?」
サリアは急にそっけない態度になってどこかへ行った。まだ何も言ってないではないか。
乙女の気持ちは魔術よりも難しいと、頭を抱えていると、トコシ婆様が近づいてきた。
「午睡の刻、ワシの屋敷にきんしゃい」
「どうなされましたか」
「あの者が元いた世界へ戻る方法が見つかったけぇ」
そう囁くと青チョッキの従者を連れて去った。
元の世界に戻る方法か。あれの家族も待ち焦がれているだろう。特に母は心配して夜も眠れぬのではないか。
ふと「コウコウ」の話を思い出した。死ぬくらいなら私があれの母を説得しても、とそこまで考えが及んで首を振った。
最初のコメントを投稿しよう!