夜明けの街で

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今日の客はこの天気同様最悪で 得体の知れない薬を飲まされそうになったから 慌ててホテルの部屋から逃げ出した。 リサからは、危ない客からは逃げて良いと言われていたし 何かあったらすぐ助けに行くと言われていた。 この一年 その二時間はただただ目を閉じて 自分の中にある嫌悪感や羞恥心、犯罪に足を踏み入れてる現実と闘いながら 時間が流れて行くのを待つ事を繰り返して来たけれど 今日はさすがにヤバイという直感が働いた。 雨が落ちてくる空を見上げ もしも逃げられなかったらどうなってたんだろうと 今さっきの出来事を思い出しながら 今まで何も危険な事が無かった事が ある意味奇跡だったのかもと思った。 スマホを取り出して、さっきの出来事をリサにLINEを送ったらすぐに返信が来て 逃げた事はそれでいいんだよ、と。 そして続けて来たメッセージに 『ごめん、今彼氏来てるから 時間どっかで潰して来てくれる?』 見慣れた文字が並ぶ。 リサの家に居候をしている私は、このメッセージを見る度に 早くリサの家を出て行かなくちゃと思いつつ 結局、収入の安定してない未成年が部屋を借りる事なんて出来なくて 気付けば一年も経ってしまってた。 スマホに表示された時間はAM4:26 こんな時間に、どこで時間を潰そう 軽くため息をつきながらスマホを眺めてたら ふとそのスマホの先に黒いサンダルの足元が見えて 顔を上げた瞬間に、目の前にしゃがみ込んだ男の人。 ビニール傘を私にさしかけたその人は 金色というよりシャンパンゴールド、そんな髪色 整えられた眉と、奥二重の目 耳にピアスが揺れる。 きっと歳はだいぶ上、多分30歳位 私をジッと見て、少し怖いと思ったその顔が微笑むと まるで別の人みたいに印象が変わる。 「何してんの、こんなとこで」 その声はとても優しくて 好きな声だ、とすぐに思った。 「……時間潰し……だけど」 「いつまで?」 リサから、いつまでと言われた事は無くて なんとなくいつも5、6時間過ぎた頃に部屋へ戻ってた。 「……分かんない」 そう答えたらクスっと笑って 「ウチ、来る?」 凄く慣れた感じでサラッと言われ それがあまりにも自然過ぎて、何も考える事無く頷いてた。 「じゃあ、決まり」 立ち上がったその人に釣られるように立ち上がると 「ちょっと、これ持って」 そう言って、さしかけてくれてた傘を私に渡すと その人は来てた黒いパーカーを脱ぎ 私の肩に羽織らせた。 「寒そうじゃん、その格好」 逃げ出したホテルの部屋に 羽織ってたカーディガンを置いたままで来てしまった私は ノースリーブのシャツにショートパンツで、まるで真夏。 「……ありがとう……。 でも……自分が寒いんじゃ……」 パーカーを脱いで、白いTシャツだけになったその人は 私の手から傘を取ると 「どう見てもお前の方が寒いだろ」 呆れたように笑った。 行くぞ、と言葉にはしないけれど その目がそう言ってるように見えて 一つのビニール傘で、一緒に雨の中へと歩き出した。 雨に濡れて滲むビニール傘の向こう 見えた大きな時計塔のようなビルの時計は AM4:30を指していた。
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