ノーガード

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ノーガード

腕を組んで、窓に左肩でもたれるようにして 自分にやっと気付いた私に 「いつもそんな感じ?」 パーカーを貸してくれた時のように、呆れた顔で笑った。 「……そんなって……?」 「なんて言うか……全くノーガードな感じ」 ノーガード それはこの一年で、リサに教え込まれた この世界で生きて行く為の術。 『本気の恋愛には少しガードがある女の方が良いけど 恋愛抜きの二時間の相手の前では、常にノーガードで』 無防備なんて可愛らしい言葉じゃなく、ノーガード。 リサだけじゃなくて この人もその言葉を使うんだ、なんて思った時 窓にもたれてた肩を離した彼は 一瞬のうちに窓に両手をついて、その腕と腕の間に私を閉じ込めた。 顔を近付けて、鋭い目で見つめられて 目を逸らしはしなかったけれど 笑わない彼の目に少しの怖さを感じて、心臓がドキンと鳴った。 その目と目を合わせたまま数秒 彼の唇が少し動き 「……澪」 囁くような声で呼ばれた私の名前 ……なんで? なんで私の名前を……? 「……どうして……」 驚きで、そう返すだけの私に 怖さを感じたその顔がフッと緩んで、近付けてた顔が離れて行き 「リサの所のエースだって、オレらの世界じゃ有名だからね」 “オレらの世界“ その言葉と、リサの名前が出た事で この人がリサと同じ、決して明るくない世界で生きてる人 同業者だと分かった。 窓についてた手も離し 「お前をここに連れて来たのは ナンパじゃ無くて、スカウト。 ……てか、引き抜きか」 そう言いながら、スマホを後ろ側のポケットから取り出して 「お前は今日からオレのとこのエースね。 リサにはオレから話すから」 目の前で、多分リサになんだろう電話をかけてるのを 私はただ思いもしなかった展開を見ているだけ。 「あ、オレ」 そんな軽い感じで始まった 相手はリサなんだろう電話の会話。 私がここにいる事を伝えた後 「悪いけど、このままこの()オレが貰うわ」 彼が私を見ながら放った言葉に対して リサがどんな答えを返したのかは気にならなかった。 ただ感じたのは 私は“物”なんだな……と、そんなザックリとした事だけ。 リサと、目の前の彼との数分のやり取りの間 私はまた窓の外に目を向けた。 傘を手に、どこかへ向かう人達は行く宛があって 会社や学校や、色んな自由じゃ無い制約の中に数時間縛られるけれど そこから解放される時間が多分ある。 そんな人達とは反対に ここでそれを見てる私は 行く宛もない、自由なようで自由にならない中で 明日はどうしてるなんて事も分からない世界にいる。 たったガラス一枚隔てた場所にいるのにね。 「澪」 名前を呼ばれてはっとして振り返ると 電話はもう終わってたようで 「こっち」 それだけ言って歩き出した彼について行くと 廊下の一番端の部屋のドアを開けた。 「今日からここがお前の部屋。 この家の中の物は自由に使って良いから」 開かれたドアの向こうは シンプルだけど家具もちゃんと揃ってるのに なんとなく主のいない部屋、そんな雰囲気が漂う。 「ただ」 その言葉に彼の顔を見たら 「オレが言った事には絶対従ってもらう。 それが条件」 行く宛のない私には その条件は容易い事と、強いその目に頷いた。
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