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* * *
翌日、彼は洗濯した手ぬぐいを持って、学校帰りに山門に立ち寄った。
と、そこには、昨日女の子が座っていた場所に、花束と水のはいったコップを置いてしゃがんで手を合わせている女性がいた。
「こんにちは。あの、ちょっとお聞きしても良いですか?」
彼は、恐る恐るしゃがんでいた女性に声をかけた。
「はい、なんでしょう?」
彼女は、彼の方に向き直って立ち上がる。
「この場所で、どなたかが亡くなったのですか?」
「はい、実はもう二十年以上前になりますが、私の姉が山門の横の大木で雨宿りをしていた時に、落雷に撃たれて亡くなったのです。しばらくは息があったようで、山門のこの場所まで這って来たらしく、この場所で倒れているところを発見されたそうです。私も、その当時は幼くて、何があったのか分からなくて、とにかく悲しかった記憶しかないのですけどね」
「もしかしたら、おかっぱ頭の小学生ぐらいの女の子ではありませんか?」
「ええそうです。なぜ、そんなことをお聞きになるのですか?」
彼は、昨日の夕立の時に出会ったおかっぱ頭の女の子の話をしながら、貸してもらった手ぬぐいをその女性に差し出す。すると、女性はその手ぬぐいを手に取って眺めていたが、ある所で手を止めた。
「この手ぬぐいは、姉のものですね、きっと」
「え? だって、二十年以上前に亡くなったのですよね?」
「はい、そうですけど。ここに持ち主の名前が刺繍されてますよね。ほら」
そこには、
イチネン サンクミ、ハナザワ サチコ
と赤い糸で丁寧に刺繍されているのが見て取れた。
「私の母は心配性で、子供の持ち物には全て名前を入れていたのです。そして、姉の名前は花沢 幸子と言います」
彼は、それを聞いて一瞬ゾクリとした。
しかし、雷に怯える姿と、彼の説明を聞いて少し安心したのか、彼に手ぬぐいを貸してくれた時の優しそうな笑顔を思い出すにつれ、ちょっと考えを改めた。
「昨日会った女の子には、この山門にいれば怖い顔をした大きな木像がカミナリ様から僕たちを守ってくれますよと話をしたのです。そしたら、安心したように、その手ぬぐいを僕に貸してくれました」
「そうですか。きっと姉は、あなたの説明を聞いて安心したのでしょう。そして、そのお礼として、アナタにこの手ぬぐいを渡したのかもしれませんね」
その女性は、手ぬぐいをジッと見つめながら、そうつぶやいた。
まだまだ残暑が続くのを彼等に教えるように、寺の境内のセミたちが一斉に鳴きだした。
了
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