魔法少年は秘密にしたい

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「ごめんくださーい」  チャイムを押して呼びかけると、「はーい」と明るく陽気な声が聞こえてきた。由香ちゃんママだ。ドアが開いたとたん、ビーフシチューの香ばしい香りが漂ってくる。由香ちゃんママは黄緑のエプロン姿で私に微笑んだ。 「あら、菜穂ちゃん。どうしたの?」 「矢島先生にね、プリントを届けるよう頼まれたの。由香ちゃん大丈夫?」  ランドセルから先生に渡されたファイルを取り出して渡す。 「ええ、今はぐっすり寝てるけど、よくなってきてるみたいよ。ありがとう、菜穂ちゃん。来てくれてとっても嬉しいわ。あ、そうだ!」  そう言って由香ちゃんママは急ぎ足で家の中へ消えると、十秒もたたないうちに戻ってきた。手には見慣れた黄緑色の巾着袋が握られている。 「これ、あげる。由香が元気になったら、また一緒に遊んであげてね」  中に入っているのはおそらく由香ちゃんママ特製のさくらんぼキャラメルだろう。いつも由香ちゃんちで遊ぶときは、この巾着袋に入れて、お土産にどうぞ、ってくれるのだ。甘いキャラメルにさくらんぼの酸っぱさと香りがちょうどよく乗っかって、大好きな味。 「ありがとう。それじゃ、由香ちゃんにお大事にって伝えてね!」 「あ、待って、菜穂ちゃん」  手を振ってその場を去ろうとしたところ、由香ちゃんママに引き留められた。 「そういえば、学校にハンカチ落ちてなかった? ほら、前に菜穂ちゃんが由香にプレゼントしてくれた、さくらんぼの絵の入ったハンカチ。由香、すっごくお気に入りだったから、なくしちゃってすごく落ち込んでるの」  去年の由香ちゃんの誕生日にプレゼントしたハンカチ。とてもよく気に入ってくれて、ほぼ毎日持ってきてくれていたな。 「ううん、見てない」 「そう……せっかくプレゼントしてくれたのになくしちゃってごめんなさいね。由香、元気になったら一番に謝りたいって言ってたから、その時はどうか許してくれる?」 「大丈夫だよ。私、怒ってないし。それに、明日探してみるから、きっと見つかるよ!」  とりあえず職員室の落とし物ボックスにないか先生に聞いてみよう。見つかるといいな。  由香ちゃんママはホッと胸をなでおろすと、また私ににっこりと微笑んだ。 「よかった。菜穂ちゃんは優しいね。それじゃあ、気を付けて帰ってね」 「うん。またね」  黄緑色の巾着を握った手を振りながら由香ちゃんちを後にした。
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