魔法少年は忘れたい

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 私たちは中山親子に博己くんのぬいぐるみが無くなったことやそのぬいぐるみが昔ここで買われたということを伝えた。流石にぬいぐるみが独りでに歩いたなんてことは話がややこしくなるから言わなかった。おしゃべりな絵里ちゃんが言ってしまわないか心配だったけど。幸い、絵里ちゃんは店内の人形やぬいぐるみを静かに一人で見ていた。  話を聞き終えた中島くんのお母さんは、何か思い出したのか朗々とした声で言った。 「博己くんって、内田さんのところの息子さんね。懐かしいわ、確か九年前だったかしら。お腹を大きくした内田さんと旦那さんがお店に来て、クマのぬいぐるみを作ってと頼まれたの。二人とも子供が生まれても仕事で忙しいだろうから、生まれた子が寂しくないようにって」  胸に手を当てて懐かしむように中島くんのお母さんが微笑んだ。 「おばさんが作ったの?」 「ええそうよ。ここにおいてあるものの三分の一くらいは私が作っているものなの」  店内の様々な人形やぬいぐるみをぐるりと見渡す。いつの間にか隣に来ていた絵里ちゃんが言った。 「物を作る時って、どんな気持ちなの?」  あまりに突然で、中島くんのお母さんは少し戸惑っていたようだけど、すぐにさっきまでの笑顔に戻った。 「あなた、人形は好き?」 「ええ」  絵里ちゃんの答えにおばさんは手を合わせて喜んだ。 「よかった、私もよ。ここで売っている人形やぬいぐるみには、同じように人形やぬいぐるみが好きな人の元に行って欲しいの。だからね、私が作る時には、どうかどこに行っても愛されますように、どうかどこに行っても人を愛してくれますように、って願うのよ」  おばさんに作られる人形は幸せそうだな。話を聞いているだけの私でもなんだか温かい気持ちになる。絵里ちゃんも私と同じ気持ちなのか、満足そうに笑った。 「今日の母さん、なんだか職人みたいだな」 「あら何よ、私はいっつも職人でしょうが」  親子のほほえましい会話にみんなで笑った。 「ええと何の話だったかしら……ああ、内田さんのとこのぬいぐるみの話だったわね。うーん、博己くんが外に持ち出してもないのになくなるなんて不思議な話ね。まさか勝手に歩き出したわけでもあるまいし」  いえ、そのまさかです。 「もしかしたら内田さんがお手入れにだそうとこっそり仕事場に持ち出したのかもね」 「博己くんのお母さんがどこで働いているか知ってるの?」  持ち出したということはないと思うけど、一応聞いてみる。 「ええ。内田さんはクリーニング屋で働いているの。待ってて地図を描いてあげる」  そう言っておばさんは店の奥へと紙を探しに行ってしまった。  残った中島くんが私たちに笑った。 「それにしても日曜日に人のぬいぐるみ探しだなんて、お人よしだよな。できたら俺も行きたかったけど、今日はずっと店番手伝うって母さんと約束してんだ、ごめんな」 「ううん、大丈夫だよ。日曜日はいつもお手伝いしてるの?」  中島くんはいいやと首を横に振る。 「今日は特別。母さんの誕生日なんだ。いつもっていうと、毎週水曜日は店番してるかな」  へぇ、中島くんっていつも外で遊んでいるイメージがあったけど、意外に親孝行者なんだな。 「おい宮地、歌の練習はしたか?」  おそらく今度の音楽の合唱のテストのことを言っているのだろう。この前の事件の後、一度だけみんなで練習したけど、相変わらず中島くんと宮地くんがよくならなかった。絵里ちゃんはもうほぼ諦めていたけれど、まさか中島くん一人で練習してたのかな。  宮地くんは急に話しかけられてびくっと肩を震わせたが、すぐにいつも通りぶっきらぼうな声で答えた。 「それなりに」 「ハハハ! お前結構音痴だからしっかり練習しないとな! アッハハハ!」 「ああ? なんだと?」  けらけら笑う中島くんに今すぐにでも殴りかかろうとする宮地くんを何とかドードーとなだめる。中島くん、悪い子じゃないんだけど、自分が音痴だって自覚が全くないから質が悪い。絵里ちゃんが匙を投げたのもほぼそれが原因だ。絵里ちゃんも由香ちゃんも、さすがに元気にノリノリで歌う本人に向かって音痴だとは言えなかったみたいだ。
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