魔法少年は忘れたい

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「ねえ」  絵里ちゃんが中島くんに話しかける。 「ん、どうした琴宮」  絵里ちゃんは中島くんの首元にスッと手を当てて止まった。目を閉じてじっとしている。 「ど、どうしたんだよ」  戸惑っている中島くんをほっといて、絵里ちゃんは何か「はあ……」とため息をついた。 「残念。あまりにひどい歌声だったから、のどに悪魔でも飼っているのかと思ったけれどそうじゃないみたい。単にあなたの歌が下手すぎるだけなのね」 「え……?」  い、言った! しかも割と辛辣。やっぱり今日の絵里ちゃんは何かが違う。その言葉はどうやら宮地くんにも刺さったみたいで、胸を押さえてその場でうつむいている。  さっきとは別の意味で戸惑っている中島くんは口をパクパクさせてフリーズ。絵里ちゃんは中島くんをまっすぐに見て追撃した。 「いい? 歌って言うのは単に馬鹿みたいに大声を出せばいいものじゃないの。あなたのは歌じゃなくて音の暴力よ。……ああ、たしかあなたクラスメートに『音爆弾』ってささやかれているんだったわね。本当、ぴったりのニックネームじゃない」 「お、音爆弾……?」  さっきよりも明らかに顔が青ざめている中島くんは一歩後ずさりした。 「そこでうつむいている音感ぶっ壊れの魔法少年も聞きなさい! いい? 音楽ってのは誰かが聞いて初めて完成するの。その聞き手ってのは他人でも、もちろん自分でもいい。けれど演奏する側は必ず聞き手のことを考えないといけないわ」  すごい剣幕だ。その場にいる全員が圧倒されている。 「お、音感ぶっ壊れ……?」  予想だにしない追撃を食らった宮地くんは目を白黒させてよろめいた。  絵里ちゃんは続けて言う。 「まずは周りの音を聞きなさい。ピアノの音、そして一緒に歌っている人の声。しっかりと聞いて、次はハミングだけでついていくの。二人ともリズムは取れているから、あとは音を取りなさい。わかった?」 「「は、はい……」」  男子二人がしょんぼりと肩を縮めて返事する。その様子が面白くてついクスリと笑ってしまった。  そのあとも絵里ちゃんによる歌のレッスンをしていると中島くんのお母さんが戻ってきて地図を渡してくれた。 「遅くなってごめんなさい。はいこれ、まずは駄菓子屋の方へ向かうといいわ」  そういえば博己くんもぬいぐるみは駄菓子屋の方へ向かったと言ってたっけ。案外この場所にぬいぐるみがいるというのはあり得ることなのかもしれない。 「それとありがとう。佑人いつも大声で歌っているんだけど、どう直したらいいか私にはわからなかったのよ。あなたのおかげでちょっとましになったわ」 「か、母さんまでそんなふうに思ってたのか……」  中島くんがさらに小さくなる。フフフと笑って、中島くんのお母さんが私たちに飴を一つづつ渡して絵里ちゃんに言った。 「これ、今日のお礼ね。あなたさえよかったら、また佑人に歌い方を教えてあげてくれないかしら?」  絵里ちゃんはもらった飴玉を飴と同じくらいまん丸な瞳でじっと見つめている。 「お、俺からも頼む」  中島くんが絵里ちゃんに頭を下げた。 「俺、そんなにみんなに迷惑かけてたなんて知らなかった。琴宮さえよければ、また俺に歌を教えてくれないか?」  絵里ちゃんはしばらく飴玉と中島くんを交互に見ていたけれどやがてフフッと笑って「気が向いたらね」と絵里ちゃんはまんざらでもなさそうに言った。  中島くんは「よかった」と眩しく笑う。  そして私たちは中島親子にお礼を言ってその場を後にした。
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