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素早く、けれど静かに。なんだかスパイごっこみたいで楽しくなってきた。
校門前に誰もいないことを確認して、こっそり下駄箱へ。夕日が校舎にオレンジを浴びせる。古びた灰色のコンクリートが汚くそれを反射した。音も全然しないし、なんだか気味が悪いな。生徒のいない学校って、こんなに静かなんだ。今頃先生たちはみんな職員室だろうか。ちょっと心細い。いや、見つかっちゃだめだから、職員室にいてくれた方がいいか。
目的の四年二組の教室は三つある校舎のうち、一番北にある校舎の三階。そして職員室は真ん中の校舎の二階だ。これなら誰にも見つからずミッションコンプリート出来そう。
「きゃっ!」
び、びっくりした。ようやく階段を上り終えたところで、掌ぐらいある大きな蜘蛛が教室側からやってきた。あんな大きな蜘蛛がいるなんて。
蜘蛛がどこかへ行ったことを確認して、廊下を素早く進み、いざ教室へ。音を立てないようゆっくりと扉を開く。
「え……?」
教室を覗き見て、思わずそう声を出してしまった。さっきの蜘蛛なんてどうでもよくなってしまうほどに信じられないものを見てしまったのだ。
大きさは多分私より一回り大きい。色は、夕日でよくわからないけれど、それはまるでゼリーのような、プリンのような、弾力のありそうなぷよぷよした山型をしていた。そこから無数の手のようなものを伸ばしていて、そして――私の机の中を漁っている。
思わず口を両手で覆ってしまった。化け物は伸ばしたたくさん細長い腕で、器用に私の机の中から計算ドリルを取り出すと、山型の体から大きな口を開けて、一飲み。
絵里ちゃんと話していた噂話のことを思い出した。噂の化け物って、きっとこいつのことだ。
逃げなきゃ。私はそう直感した。けれど怖くて体が思うように動かない。音をたてないようにゆっくりと後ずさりすると、つい足を滑らしてしりもちをついてしまった。ドスンという音が辺りに響く。
「あっあっあっ――」
目、なのかどうかわからないけど、確かにその化け物と目が合った。どうしよう、腰が抜けてうまく立ち上がれない。逃げなきゃいけないのに、体がまるで石になったように動けない。化け物は音もたてず、そのゼリー状の巨体で器用に机をよけながら私のもとへ近づいてきている。そいつの透けた体の中には漢字ドリルや計算ドリル、鉛筆、消しゴムなど、誰かの落とし物と思しきものがため込まれていた。中には、見覚えのあるさくらんぼの絵が描いてあるハンカチも。由香ちゃんのだ。
「それ、みんなのものを食べてどうするつもりなの?」
震えるだけの体はもう仕方ない。意を決してそう化け物に問いかける。けれど相変わらずそれは音もなく這い寄ってくる。そろそろ本当に逃げないと、私まで取り込まれてしまうかもしれないのに、ダメだ、本当にうまく力が入らない。
「……しい。……みしい」
「え?」
化け物ともう目と鼻の先というところで、かすれるようなそんな声が聞こえた。なんて言ったのだろう。
化け物は口を再び大きく開き、無数の腕を私の方へ一斉に伸ばした。
もうダメと、目を固くつむった次の瞬間、後ろから腕をグイッと引っ張られた。
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