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~私たちは友達で~
「……それで、あいつはどっちの方向に?」
「わからない。目の前でスッて消えたの」
もう今は彼女がいた痕跡すらない。消える直前に魔法を唱える様子もなく、どうやって消えたのか私も宮地くんも検討が付かなかった。
体に力を入れていた宮地くんは緊張を解いたのか、はぁ、とため息をついて歩き出した。
「どこに行くの?」
「どこって、クリーニング屋だよ。アドフィーがいるってわかった以上、浄化するしかないだろう」
それもそうか。偽絵里ちゃんのことも気になるけれど、今は目の前の事件に集中しないと。
空はいつの間にか灰色の雲に覆われてどんよりとしていた。雨は降りそうになかったけれど、気が滅入ってしまう。
「そういえば、中島くん家に鈴はあったの?」
偽絵里ちゃんに言われて宮地くんが取りに行った魔法の鈴。もしかしたらずっと宮地くんが探していたものかもしれない。そう思って聞いてみたけれど、宮地くんはポケットから銀色の鈴を取り出して神妙な顔で答えた。
「あるにはあった。けど、すでに使われた後の鈴で、しかも大鈴では―― 俺が探しているものではなかった。おそらくあの偽クルクル女がアドフィーを作る時に使ったものだろう」
偽クルクル女って、もしかして偽絵里ちゃんのことだろうか。となると宮地くん、絵里ちゃんのことをクルクル女って呼んでいるのかな。いや、そんなことより。偽絵里ちゃんの話の時からずっと気になっていたことを聞いてみる。
「アドフィーって作れるの?」
確かアドフィーって、『物が何らかの理由で感情を持ち、その感情が暴走することで姿が変化し暴れだしたもの』のはず。以前宮地くんが教えてくれたこと、そして宮地くん自身の知識を参照する。
私の質問に宮地くんは困った顔をして黙ってしまった。もう一度宮地くんの知識を見ようとするも、心に靄がかかってよくわからない。まだまだ宮地くんの方が詳しいことを知っている様子。おばあちゃんが言っていた、契約魔法が完全成功ではなかったというのはこういうことを指していたのだろうか。
ようやく口を開いた宮地くんは、一言。
「ごめん」
ギッと歯を食いしばって私から目を逸らしてうつむく彼は、申し訳なさそうに、そして悔しそうにもう一度、「ごめん」。
言えない、つまりそういうことなのだろう。
変わらぬ曇天の中、一部靄が晴れてわかったことが二つあった。一つは私が今宮地くんと共有できている情報は全て、魔法界の教科書の知識だということ。そしてもう一つは、この契約は彼自身を知ることができるわけではないということ。
『友達』である私は宮地くんに微笑みながら言う。
「大丈夫。大丈夫だよ。言えないことを全部言う必要なんてないんだから。大丈夫」
寂しいけれど、何か事情があるのだろう。私に言えない訳があるのだろう。
私は立ち止まったままの宮地くんの手を引いてまた歩き出すよう急かす。
「……そっちじゃない」
宮地くんが顔を上げて言う。……本当だ、引き返してしまうところだった。
「あはは、危ない危ない。それじゃあ気を取り直して――」
やっちゃった。踵を返して大股で進もうとすると宮地くんに腕を掴まれた。
「え――」
まさかこっちでもない? 実はそこの塀を乗り越えると近道だとか、そんなことを言うつもりなのだろうか。
私の心配をよそに彼は顔を上げてまっすぐに私を見つめた。覚悟を決めた顔で、どこか焦ったように。
「――いつか、話すから。だから――」
二ッと笑った。
「ありがとう」
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