魔法少年は忘れたい

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 受付カウンターを超えて、服がたくさん並んでいる部屋に足を踏み入れる。おそらくここはお客さんから受け取った服を置いておく場所なのだろう。中央のスペースにはおそらく博己くんの物であろうクマのぬいぐるみが独りどこか寂しそうに俯いて座っている。 「……寂しそうだったの」  部屋の中央でそれがポツリと一言。声と同時に宮地くんがピタリと立ち止まった。偽絵里ちゃんがこう言っていたことを思い出す。 『どうか今回もアドフィーの声を聴いてあげて。あの子、とっても主人想いのいい子みたいだから』  へちゃりと座っているクマのぬいぐるみは俯いたまま独白を続ける。 「毎日部屋で一人、寂しそうだったの。だから僕が代わりにね、お母さんを取り戻してあげるの」  宮地くんは何も言わずただ黙ってその場で立ち尽くしていた。よく見ると少し震えている様にも見える。 「宮地くん?」  心配になって肩に手を置いて声をかける。ゆっくりとこっちを振り向いた宮地くんは酷くおびえた顔をしてガクガクと細かく震えている。 「……宮地くん?」  もう一度呼んでも彼は震えたまま何も言わない。いや、言えないようだった。ぬいぐるみがそんな私たちの様子などまったく気にしないという風に言葉を続ける。 「お父さんもお母さんもいつもお仕事ばっかり。だから僕が二人を取り戻してあげるの。……君たちはそれの邪魔をする? 僕の邪魔をする?」  そこでようやくぬいぐるみは顔を上げると、まるで重さを感じさせないように立ち上がり、右腕を素早く振り上げた。するとなんということか、ぬいぐるみの足元からスライムのようなうねうねが伸びて、あっという間にぬいぐるみをとりこみ、部屋の天井までくらいの大きさのクマへと姿を変えた。もうぬいぐるみの愛らしさなんてどこかへ捨て去ってしまったその姿に、普段の私なら怖くなってたじろいでいただろうけれど、それよりももっと驚くべきことが起こっていてそれどころではなかった。というのも、宮地くんが私にギュッと固く抱き着いて離れないのだ。そんな宮地くん、今までの姿からは想像できず、目の前のアドフィーのことより、宮地くんのことが心配で仕方なかった。 「ねぇ、宮地くん! どうしたの、しっかりして!」  そう呼びかけても宮地くんは「あああああああ……」と声を漏らしたまま動かない。そうこうしている間も大熊アドフィーはゆっくりと私たちの方へ確実に距離を詰めている。  意を決した私はポケットから杖を取り出して魔法を唱えた。 「『澄ませ、その心。遡れ、その心。始まりは一つの心だけ』。『重ねて謳う』。『照らせ、常闇。灯せ、瞳を』」
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