魔法少年は忘れたい

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~今夜晴れた霧の一部を覗いて~ 「お父様、見て下さい! 今日は灯火魔法が使えるようになりました」  外から帰ってきた男性にクマのぬいぐるみを抱いて駆け寄った幼い黒髪の少年は、ポケットからどこか見たことのある木製の杖を取り出して魔法を唱えようとする。けれど父と呼ばれた男性は、少年に一瞥もくれず、コートを使用人に預け、前を向いたまま一言。 「また今度な」  別の日、庭で紅茶を飲んでいる女性の元に駆け寄って少年は目を輝かせて声をかけた。 「お母様、修復魔法の練習をしました!」  母と呼ばれた女性は庭を見たまま、ただ首を横に振り、一言。 「部屋に戻りなさい」  また別の日、さらに新たに魔法を覚えた黒髪の少年は、今度こそ両親に見せようと二人のいる広間へと足を運ぶ。ドアに手をかけた途端、部屋の中から大きな声がして驚いて立ち止まってしまった。 「もう無理だよ、マリー。あの子を隠し通すことなんて、もう無理だ」 「そんなことを言わないで! わかっているでしょ? あの子の存在が他の公爵家にばれてしまったらどうなるか。私たち、そしてなによりあの子のためなの」  困っているような、怒っているような、父と母の声。二人は顔を合わせるたび、よく口論をしている。内容はおそらく、少年のこと。 「ああ、どうしてリンは空眼を持たずに生まれてきてしまったんだ。……お前のせいだ、マリー。お前のせいで、出来損ないが生まれてしまった」 「私のせいですって? よくもそんなことが言えたわね。 公爵家の血をより濃く継いでいるのはあなたでしょ。あなたのせいよ! ああ、愛しいベルはきれいなサファイアの瞳をしているのに、どうしてあの子は――」  黒い瞳なのか。少年は静かにつぶやいた。ドアから手を放して。  少年はギュッと強くぬいぐるみを抱きしめ、回れ右をして自室に戻る。深紅のカーペットに、壁いっぱいの本。それから天蓋付きの大きなベッドに……あとは、窓から差し込む月の光だけ。殺風景な部屋で明かりもつけずにぬいぐるみを抱いたままベッドに体を投げ出す。 「テディ、僕は一体どうしたらいいんだろう。どんなに魔法を練習しても、きっとお兄様のようにはなれないし、お母様もお父様も認めてくれないだろうね」  天蓋裏に描かれた星空を眺めて、少年は一緒に空を眺める友人に語る。話す口の無い友人はただ少年に抱かれたまま、何もできずただ天蓋を見ることしかできない。 「ねぇ、テディ。僕はね、お父様もお母様も大好きだよ。もちろん、お兄様も。だけどさ、いつかはここを出て、旅をしてみたいんだ。前に読んだ冒険小説の主人公みたいにさ、仲間を増やして、知らない世界を見に行きたい。ほら、屋敷のみんなは忙しいでしょ? だから、僕は旅を通して友達が欲しい。その時はもちろん、テディも一緒に来てくれるよね」  あっそうだ、とベッドから跳ね起きた少年は本棚から、一冊の本を取り出した。ところどころ破れている、古びた本。明かりをつけ、それを部屋の真ん中で広げ、そしてとなりにぬいぐるみを置き少年は木製の杖を取り出した。 「この本、この前お父様の部屋で見つけたんだ。僕の予想が正しければ、これでテディも動けるようになるはずだよ。――ええと、どうやって唱えるんだっけ……」 ~鐘の音に起こされて~ 「やぁ」  急に声をかけられて、目が覚めた。いや、寝ていたわけじゃないけれど、今まで見えていた知らない思い出が霧のように消えて、また元の、クリーニング店の裏口の景色が目に入る。声の主の方をぼんやりと向くと、見知らぬお兄さんが立っていた。黒い髪に、昼間の青空のような綺麗な瞳。歳は私のお姉ちゃんくらいかな。目の色以外はどこか宮地くんに似ているような……誰だろう。  
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