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「何ボーっとしてるんだよ」
びっくりして声の主を見上げると、そこにいたのはなんとびっくり宮地くん。いつもの制服姿になぜか右手には星の飾りのついたスティックを持っている。宮地くんの澄んだ黒い瞳に私の間抜けそうな顔が映っていた。
「宮地くん、なんでここに?」
「そりゃこっちのセリフだ。――それより、先にこの場を離れるぞ」
宮地くんがさっきの化け物を睨む。化け物は今もゆっくりと私たちの方へと移動していた。たくさんの手が私をどうにか捕まえようと手を伸ばしている。
「ほら、いくぞ」
腕をつかまれたまま宮地くんとともにその場から逃げる。さっきまで怖くて全然動けなかったのに、不思議と今は怖くない。
宮地くんに連れられ下駄箱へ。急いで三階分の階段を駆け下りたので、二人とも息を切らしていた。ようやく話せるにくらいに息が整ったとき、宮地くんがあきれ顔で私に聞いてきた。
「……で? 何でお前はこんな時間に学校にいるんだよ」
本当は誰にも見つからずに計算ドリルだけ持って帰りたかったけど、今はそれどころじゃないよね。宮地くんには本当のことを話そう。
「実は……ちょっと散歩で通っただけ」
「馬鹿か。どこに散歩ルートで学校に侵入するやつがいるんだよ。ははーん、さては宿題忘れてこっそり取りに来たとかだな?」
う、なんでわかったんだろう。
「ま、残念だが今日の分の宿題はもうあきらめることだな。ほら、目をつむれ」
そういって宮地くんは左手で私の目を隠す。びっくりして戸惑っていると頭に何かがこつんと当たった。
「『忘れよ、今を。失え、現を。これはお前の知らぬ夢』」
宮地くんが静かな声でそう唱えると、気のせいだろうか、私の頭の上で、何かが青白く光ったように感じた。宮地くんは私から左手を離すと、いつもの少し寂しそうな顔をして、私に言った。
「なんでこんなところにいるんだよ。ほら、さっさと帰らねえと先生に怒られるぞ」
え?
「なんでって、さっき宮地くんが当てたとおりだよ。それに、宮地くんこそ一体なんで学校にいたの? それにあの化け物はいったい何なの?」
星のスティックのこととか、他にもいろいろと聞きたいことはあったけど、今はとりあえず二つだけ。すると、宮地くんは私の質問に答える代わりに、目をまん丸くして驚いた。
「お、お前、なんで忘れてないんだよ。忘却魔法は間違いなく発動したはずなのに」
ぼーきゃく魔法?宮地くんの口から聞きなれない言葉が漏れる。やっぱり、宮地くんは私の知らない何かを知っているようだ。
「ねえ、何か知っているなら教えてよ。計算ドリルだって、取り戻さないといけないし、それに――」
由香ちゃんのハンカチだって、あの化け物が持っていた。きっと、居残りになってた中島くんの漢字ドリルだってそうだろう。
宮地くんは顎に手を当てて、何かを深く真剣に考えこんでいるようだったけれど、やがて何かをあきらめたのか「はあーー」とため息をついた。
「あー、全く。何でお前に魔法が効かなかったのかわからないけど、それはとりあえず後だ。――いいか? この一件が終わったら全部きれいさっぱり忘れろよ」
それはちょっと保証しかねるけれど、なんとなく私は首を縦に振って頷いた。適当な返事だったのがわかったのか、宮地くんはまたあきれ顔でやれやれと首を横に振った。
「じゃあ、一回しか言わねぇからよく聞けよ……」
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